成年後見制度とは、家庭裁判所から選任された後見人が、認知症や精神障がいにより判断能力が欠けている本人に対して、「財産管理」や「身上監護(身上保護)」等の支援をすることができる制度です。
しかし、「成年後見人」というキーワードで検索すると、「デメリット」や「ひどい」、はたまた「地獄」などの怖い言葉が一緒に出てくることがあります。「成年後見制度って、本当のところどうなの?」と不安な方も多いかと思います。そこで、今回は成年後見制度のメリットだけではなく、デメリットや問題点について、事例を紹介しながら詳しく解説します。
目次
成年後見制度とは
成年後見制度はひどい!?
成年後見制度の課題と解決策
家族信託という方法も
まとめ
成年後見制度とは
成年後見制度とは、家庭裁判所から選任された後見人が、認知症や精神障がいにより判断能力が欠けている本人に対して、「財産管理」や「身上監護(身上保護)」等の支援をすることができる制度です。
メリット
成年後見制度を利用するメリットとは何でしょうか? 一般的には次のメリットが挙げられます。
(1)判断能力が不十分な本人のために、適切な財産管理がなされる可能性が高い。同居親族等の使い込みを防ぐことができる(財産の保全)。
(2)後見開始後に、後見人は本人の同意を得ずに、本人自らが行った契約を取り消すことができる(法定後見人の取消権)。
(3)本人の判断能力がなくなっても、本人の代わりに契約などの法律行為を行うことができる(法定代理権)。
成年後見人は家庭裁判所が選任します。そして、成年後見人は家庭裁判所に対して、本人のためにきちんと成年後見人の仕事をしていると報告する義務があります。間接的に家庭裁判所の監督が及んでいるため、成年後見人には、これらの権限が与えられています。判断能力の不十分な本人を支援するのに大きなメリットです。
成年後見制度はひどい!?
成年後見制度のメリットを紹介しました。次は、デメリットについてお話ししましょう。
成年後見制度のデメリット
成年後見制度を利用するデメリットとは何でしょうか? 一般的には次のデメリットが挙げられます。
(1)後見人選任申立て手続きの費用や後見人報酬が発生する
後見人選任申立て手続きには、費用がかかります。基本的に後見人選任申立人が負担する費用です。事案や管轄裁判所、鑑定の有無によって前後しますが、東京家庭裁判所で成年後見人選任申立ての場合には、実費が約13,000円(鑑定が行われなかった場合)、さらに後見人選任申立て手続きを専門家(弁護士・司法書士等)に依頼した場合は別途報酬がかかります。
そして、後見人が無事に選任された後、後見の終了まで発生するのが、後見人報酬です。後見人報酬は、後見人としての職務に対する報酬で、家庭裁判所がその金額を決定し、年に1度、1年分が本人の財産から支払われます。報酬額に明確な基準はないものの、本人の財産額が目安となり、本人の生活に支障のない金額が決定されます。もちろん、後見人が親族であっても後見人報酬は支払われますが、報酬を請求しない場合が多いようです。
(2)希望通りの後見人が選任されるとは限らない
後見人は家庭裁判所が選任するため、必ずしも希望通りの後見人が選任されるとは限りません。現状の親族後見人と専門家後見人(弁護士・司法書士・社会福祉士等)の割合ですが、2:8で専門家後見人が多数を占めます。たとえ、後見人候補者に親族を挙げても選任されないことも。特に、本人の財産額が多い場合や遺産分割協議等の相続手続きが控えている場合は、専門家が後見人に選任されることが多いようです。
そして、後見人選任の申立ての取下げには家庭裁判所の許可が必要となり、よほどのことが無い限り、取下げはできません。また、後見人がきちんと後見人の仕事をしている限りは辞めさせることもできません。つまり、一度後見人選任の申立てをすると、希望通りの後見人(親族等)が選任されず、他の専門家が選任されたからといって、正当な理由のない限り止めることができません。
(3)本人の財産を自由に処分できなくなる
成年後見制度は、判断能力の欠けている本人を保護することを目的とした制度。基本的に本人の財産は、本人のために支出しなければなりません(扶養義務のある親族への生活費などは除きます)。
本人の生活費や医療費・介護費用・一般的に認められる範囲の冠婚葬祭費などの出費は認められます。しかし、新たに株式や不動産の購入・投資などの積極的な資産運用は認められず、本来持っている権利を放棄すること(相続財産がプラスの場合の相続放棄や遺留分侵害額請求権の放棄など)もできません。
(4)相続税対策が難しくなる
上記の(3)が理由で、積極的な資産運用や権利放棄ができないために相続税対策が難しくなります。課税される財産を減らすための対策、例えば、生前贈与やローンなどの借り入れ行為を行うなど、客観的に本人の為にならないと判断される行為は認められない可能性が高いでしょう。
(5)成年後見制度を利用すると、本人が死亡するまで続く
後見制度を利用すると、本人の判断能力が回復するか、本人が死亡するまで後見人が就任することになります。判断能力が回復することは非常に稀なので、実際は、一度制度を利用すると本人が死亡するまで続くと考えてよいでしょう。上記(1)~(4)のデメリットが本人の死亡まで続くことを意味します。
以上のようなことがデメリットとして挙げられますが、次は具体的な事例を通して説明していきましょう。
問題になりやすい事例を紹介
それでは、成年後見で問題になりやすい事例を紹介します。
▼三世帯の同居家族、高齢の父B男が認知症
60代会社員のA男は妻と、父B男と母C子、長男とその妻と子供の三世帯で同居している。高齢ということもあり、父B男が認知症を発症しているものの、母C子や妻が面倒を見ていたため特に問題なく暮らしていた。
▼認知症である父B男の妻が急逝
肌寒い11月の朝、妻が慌ててA男を起こした。「お母さんが洗面所で倒れている!」と。すぐさま救急車を呼んだものの、そのまま母C子は帰らぬ人となった。母C子が急逝し、家族は深い悲しみに包まれた。
しかし、C子の四十九日過ぎた頃、ふと知人から相続の手続きを早くした方がいいと言われたのだ。A男は「とは言っても、母はたくさんの財産を持っていたわけでないし… 相続税もかからないだろう。母名義の預金を解約して、確か…自宅建物の名義の半分が母だと聞いたことがあるな、その名義を1人息子の自分に変えればいいか」と簡単に考えていた。
▼母の預金の解約ができない!? 法定相続人である父B男が認知症の場合
2月になってA男は母の預金を解約するために銀行を訪れた。母は遺言書を残していなかったために遺産分割協議が必要だと担当者に言われた。母C子の法定相続人は父B男とA男になるらしい。「しかし、父は認知症で協議どころか署名することもできないのですが…」と打ち明けたところ、「意思確認が難しい場合は後見人をつけてください」と言われてしまった。
▼自分を後見人候補者として選任申し立てを行う
では、一人息子の自分が、父B男の後見人となって、母C子の遺産分割協議をすればいいかと、A男は家庭裁判所のホームページを参考に、後見人候補者をA男として成年後見人の選任申立てを行った。
▼弁護士が成年後見監督人に
ところが、裁判官は成年後見人にA男を選任したものの、それとは別に専門家である弁護士を成年後見監督人に選任したのだ。「おいおい、相続手続きに必要だっただけで専門家が就くなんて聞いていないぞ!」とA男は抗議したものの、正当な理由のない限り、成年後見人の申立てを取下げることはできず、また専門家の後見監督人を辞めさせることもできなかった。
▼想定していなかった問題が起こる
父B男に成年後見人が選任されてから、A男の希望通りにいかないことが明らかになったのだった。
・母C子の遺産分割で、父B男には法定相続分のである1/2以上を確保しなければならないこと
・家族以外の後見人に報酬を支払わなければならないこと
・三世帯で住むには自宅が古かったため、リフォームがしたかったが、リフォーム費用全額をB男から支出できないこと
・今まで通り自由にお金が出せず、支出にはレシートを保管するなどが求められ、10万円を超える高額な支出の場合は専門家の後見監督人に判断を仰がなければならないこと
・孫のための教育資金を贈与できないこと
・成年後見制度を途中で止めることはできず、B男が亡くなるまで続くこと
このように、申し立てる前には考えもしなかった問題が起きたのだ。あくまで成年後見人制度は、判断能力の欠けている本人を保護するための制度であり、家族のための制度ではなかったのだと、A男は今になってから後悔したのだった。
このようなご家族からのご不満はよく耳にします。家族が「急いで成年後見人を選任しないといけないんです!」とおっしゃる場合は、本人が預金を引き出せなくなった、相続手続きで必要になったという理由がほとんどです。しかしながら、そのような理由は成年後見制度の趣旨からは外れていると言わざるを得ません。
たとえ後見人に就いていなくとも、家族が本人のために、後見人の仕事でいう「財産管理」や「身上監護(身上保護)」を行っている場合がほとんどです。ところが、家庭裁判所は後見人が本人の為にきちんと後見業務を行っているかという点に焦点を当ててしまうため、家族の考える最善と後見制度上の最善が異なってくるのでしょう。
それでは、このようなミスマッチを避けるためにどんな対策ができるのでしょうか?
成年後見制度の課題と解決策
A男さんのように、家族が認知症であっても問題なく暮らしていたが、何らかの問題(例えば、預金が引出せない・相続手続きができない)が明るみに出て困るケースはよく見られます。
現在、日本国内には高齢者の認知症の方だけで約600万人がいると推計されており、知的障がい者や精神障がい者を含めると、おおよそ1000万人にのぼると推計されています。認知症はすでに身近な問題なのです。
しかし、成年後見制度(任意後見・補助・保佐・成年後見)の利用数は、年々増加してはいるものの2020年で23.2万人(判断能力が不十分な人の約2.3%)しか利用していません。まだまだ、成年後見制度を利用するには多くの課題があるのが現状です。
課題
成年後見制度の利用には多くの課題があります。どのようなものがあるでしょうか。
(1)後見人による不正行為を防ぐ
近年、専門家後見人が選任されるようになった背景について説明します。後見人による財産の横領などの不正被害のほとんどが親族によるもので、2014年まで増加していましたが、2015年以降、不正報告数や被害額は減少に転じています。
近年、家庭裁判所が不正防止策の一端として、本人の財産額が多額の場合に
・親族後見人を選任したときは、専門家の成年後見監督人をつける。
・後見制度支援信託を利用させる。
・親族を選任せずに専門家を後見人に選任する。
などの取り組みを進めた成果と言えます。いかに後見人による不正行為を防ぐのかが後見制度の大きな課題です。
(2)後見の需要に応える
前述のとおり、潜在的な後見の需要に制度利用数が追いついていない状況。専門家の数は限られている為、専門家以外の後見人(親族後見人や市民後見人)を活用し、彼らが後見人として仕事ができるよう支援することが必要です。
(3)本人の意思を尊重した認知症への対策や後見制度の利用を考える
成年後見制度の類型で、「補助・保佐・後見」の順で本人への支援の度合いが大きくなるのですが、成年後見制度を利用している方の約7割が「後見」の類型になります。「後見」は、後見人に包括的な代理権が与えられているなど、本人の保護としての側面が強く、反対に、本人の意思が反映されづらい類型になります。
解決策
(1)後見人による不正行為を防ぐ方法
親族後見人による不正が多数だとお伝えしましたが、前出事例のA男さんのように「家族だから問題ないだろう」と考えていた行為が、成年後見制度上、問題のある行為だったというパターンはよくあるのだと思います。親族後見人自身は不正行為だという自覚がないパターン。後見人の仕事とはこのようなもので、本人の財産はあくまで本人のために支出しなければならないなど、成年後見制度の原則を親族後見人が理解しておくことが解決策になるでしょう。
また、後述の「成年後見支援信託」や「後見支援預金」を利用し、親族後見人でも不正行為が行われにくい体制をとることも解決策になります。
(2)後見の需要に応えるため、親族後見人や市民後見人の活用を進める
今回は親族後見人の活用についてお話しします。家庭裁判所は専門家後見人を選任することが多いのは前出のとおりですが、親族後見人が選任される可能性の高い方法として「後見制度支援信託を利用して専門家後見人から親族後見人に後見業務を引き継ぐ方法」や「親族後見人が後見制度支援預金を利用する方法」があります。
▷後見制度支援信託とは
本人の財産のうち、日常的な支払いをするのに十分な金額のみを口座に残して、普段使用しない金銭を信託銀行等に信託する制度です。親族後見人は残された日常生活用の預貯金を管理することになります。預け入れた信託財産を払い戻したり、解約するには、あらかじめ家庭裁判所の指示書が必要となります。
▷後見支援預金とは
後見制度支援信託と並立・代替するもので、仕組みや手続きは、ほぼ後見制度支援信託と同様です。普段使用しない金銭を後見支援預金として預け入れる制度です。後見制度支援信託と異なる点は、専門家後見人の関与なく制度を利用できる点。また、この商品を取り扱っている金融機関が後見制度支援信託に比べて身近にあることです。
これらの制度を利用することで、親族後見人による不正行為を未然に防止し、本人の財産が適切に管理・利用されることが期待されます。
(3)本人の意思を尊重した認知症の対策や後見制度の利用を考える
「後見」の類型での申立てが多いとお伝えしましたが、後見制度の利用が必要となる前に、本人が認知症になった場合にどうするかについて、本人を含めた家族で情報を共有しておくことが最も大切です。今後どのような生活を送りたいか、いま本人が保有している財産をどのように活用するのか、延命治療有無や葬儀納骨の事、相続財産はどのように分けるのかなど、情報を共有することで本人の意思を尊重した対策が自ずと取れると思います。
また、後見制度を利用するにしても、本人の判断能力が十分なうちに任意後見契約を結んでおく方法が望ましく、本人の意思を最大限尊重できるといえるでしょう。
家族信託という方法も
家族信託とは、本人が自分で財産を管理できなくなった場合に備えて、本人の財産を家族に管理・運用する権限を与えておくという民事信託という契約のことです。本人(委託者)が、自らの財産を家族(受任者)に託し、管理や運用を行ってもらい、利益が出た場合は、利益を受取る人(受益者)に還元します。
成年後見制度との違いは、あくまで当事者間の契約なので、成年後見制度の財産保全の制限がなく、認知症になっても家族(受託者)が財産管理しやすい点がメリット。反対に、家庭裁判所の監督が及ばないため、家族(受託者)の使い込みが防ぎづらい点や税金の課税が複雑になる点はデメリットです。
これらの方法の共通点は、本人が元気なうちに家族と話し合って、対策をしているという点です。
まとめ
成年後見制度の問題点について解説させていただきましたが、いかがでしたか? A男さんのように「こんなはずじゃなかった!」となる前に、家族でもしもの場合に備えるという話し合いをしておくことが、どのようなケースでも大切です。後見制度支援信託を利用する方法や、本人が元気なうちに任意後見契約や家族信託契約を結んでおく方法など、家族が主体となって本人を支援していく方法は沢山あります。この機会にぜひご家族で話し合ってみてください。
●構成・編集/内藤知夏(京都メディアライン・https://kyotomedialine.com)
●取材協力/坂西 涼(さかにし りょう)
司法書士法人おおさか法務事務所 後見信託センター長/司法書士
東京・大阪を中心に、シニア向けに成年後見や家族信託、遺言などの法務を軸とした財産管理業務専門チームを結成するリーガルファームの、成年後見部門の役員司法書士。
「法人で後見人を務める」という長期に安定したサポートの提唱を草分け的存在としてスタート、
全国でも類をみない延べ450名以上の認知症関連のサポート実績がある。認知症の方々のリアルな生活と、多業種連携による社会的支援のニーズを、様々な機会で発信している。日経相続・事業承継セミナー、介護医療業界向けの研修会など、講師も多く担当。
司法書士法人おおさか法務事務所(http://olao.jp)