取材・文/坂口鈴香

コロナ禍で、外に出かける機会がめっきり減ったという高齢者は多い。その結果、筋力や体力が低下するだけでなく、認知機能や社会とのつながりも低下した「フレイル」という状態になる危険性が指摘されている。このフレイルの段階を経て、要介護状態になる人が増えるのではないかと危惧されているのだ。

デイサービスもリハビリもすべてなくなった

「親の終の棲家をどう選ぶ? 壊れていく母、追い詰められる父」
https://serai.jp/living/361179

「親の終の棲家をどう選ぶ? 『最期まで二人一緒に』同じ老人ホームに入居した両親」
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で紹介した大島京子さん(仮名・52)は、昨年1回目の緊急事態宣言以降、有料老人ホームにいる両親とは一度も面会ができていない。

去年最初の緊急事態宣言が出たときに、父親にタブレットを差し入れたので、今は週2回定期的にテレビ電話ができている。機械音痴な父親のために、大島さんが電話をかけたら父親は自動で受信できるよう設定したのだ。一方、認知症が進んでいる母親は、タブレットという存在自体を理解できていないという。

「父によると、母は最初、父の部屋にタブレットがあることに興奮したそうです。母は知らないものが部屋に加わると、それがたとえゴミ箱一つでも逆上するんです。『それをどっかにやれ!』『捨てろ!』と言うので、父はやむなくタブレットをクローゼットの中にしまったこともあったらしいです。それで一時期、何回電話しても画面が真っ黒だったのか、と思いました」

そのうえ、母親は耳も遠い。もちろん音量調節はできるのだが、機械が得意でない父親には音量操作ができない。そのため、いまだに母親とはタブレットでの会話もできないままなのだ。

父親とは、画面越しとはいえ会話はできている。それでも、大島さんは父親のことが心配だ。というのも、両親が楽しみに通っていた、デイサービスやホームに来てくれていた訪問リハビリなどのサービスが利用できなくなったのだ。

「うちの両親が入っているのは介護付き有料老人ホームでなくて、住宅型有料老人ホームなので、しょうがないといえばしょうがないのかもしれませんが、父母とも運動の機会がまったくなくなって、毎日ただただ食っちゃ寝の日々のようなんです」

歩行機能が衰えた父

「住宅型有料老人ホーム」だとなぜ「しょうがない」のか、疑問に思う方もいるだろう。

ここで、有料老人ホームの種類について解説しておこう。「有料老人ホームとサ高住の違いは? 『老後の住まい』7種類の違いまとめ」(https://serai.jp/living/307366)でも解説したように、すべての介護サービスをホーム内で受ける「介護付き有料老人ホーム」とは違い、「住宅型有料老人ホーム」はサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)と同じように自宅と同じ扱いになる。介護サービスは入居者それぞれが事業所と契約を結び、訪問介護やデイサービスを利用することになる。

大島さんの両親も、自宅にいるころから利用していたデイサービスを入居後も利用していたという。コロナ禍でもこのデイサービス施設は営業を続けているのだが、ホーム側が入居者の感染対策のために、デイサービスを利用することを禁止したのだ。

「両親が利用していたデイサービスだけでなく、外部に出かける形のデイサービスは、入居者全員すべて停止になりました。ほかにも入居者がほとんど受けていた、施設に機能訓練士が来て行っていたリハビリも、施設内に外部の人を入れないという理由で停止です。入居者の家族が定期的に付き添って行っていた通院も禁止。つまり施設の外に出ることも、施設外の人が施設に入ることも、すべて禁止しているんです。入居者全員が施設内に”カンヅメ”状態になってすでに1年以上が経っています」

介護付き有料老人ホームなら、入居者の心身の状態を維持するため、ホームのリハビリ担当職員がリハビリや体操をしたり、何らかのアクティビティを実施したりするところだろう。大島さんが嘆くように、住宅型有料老人ホームの弱点が露呈してしまったと言わざるを得ない。

これまで大島さんは介護付き有料老人ホームと住宅型有料老人ホームの違いを実感することはほとんどなかったという。両親は外部のデイサービスのほか、訪問介護、訪問医療と訪問看護を利用していて、それはホームの利用料金とは別に支払っていた。それでもトータルでの料金はかなり安かったこともあり、サービスに不満がないわけではなかったが納得はできていた。ところが、このコロナ禍で住宅型有料老人ホームと介護付き有料老人ホームとの落差を感じることになってしまったのだ。

「以前なら兄や私が毎週のように父を外に連れ出して外食したりしていたのですが、家族の面会さえもダメですからそれもできません。父は最近めっきり歩行機能が衰え、今では歩行器なしでは歩けなくなってしまったそうです。母は、私や兄を自分の弟や妹に間違える度合いが増えてきたとのこと。こんなときなのでどうしようもないとはいえ、切ないですね」

誤解してほしくないが、すべての住宅型有料老人ホームが同じような状況になっているわけではない。しかしながらこのホームでは、フレイル状態になっている入居者のために何らかの対策を講じている様子はうかがえない。

疑念が確信に変わったのは、大島さんからこんな話を聞いたからだ。

「いまだにガラケーの兄は、両親とテレビ電話さえできていないんです。それもあって、先日兄が差し入れをホームに持っていったときに、顔なじみの親切な看護師さんが両親を呼んできて玄関のガラス越しにこっそり面会させようとしてくれたそうです。ところが、施設長が飛んできて『規則だから!』と両親を追い返して、ガラス越しの面会も叶わなかったというんです」

大島さんのようにタブレットを差し入れてテレビ電話での会話ができる家族ばかりではない。ガラス越しでさえ家族の顔を見ることのできない入居者がどんな気持ちで毎日を送っているのか、考えただけでも苦しくなる。

「感染対策の徹底」という面からは、これ以上の徹底はないだろう。ホームの施設長や職員が、感染者が発生しないように日々がんばってくれていることに敬意を払いたいのはもちろんなのだが……。

【後編】に続きます

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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