日常の時を刻む腕時計。人生後半の相棒には一流品を選びたい。世界に誇る技術のみならず、伝統工芸を取り入れた日本の腕時計は、身に着ければ愛情もわく宝物となるだろう。
有田焼の文字板の“機械式腕時計”に宿る日本の美意識に魅せられる
セイコー初の懐中時計『タイムキーパー』(写真下)が完成したのは1895年。文化や習慣が大きく変化した明治時代にあって、懐中時計は、時間を確認する実用品でありながらも、紳士の愛用品、嗜好品として価値が高いものだった。そして時は流れ……。
「スマホと連動するスマートウォッチの登場により、腕時計の便利さはどんどん更新されています。時計の価値観が変わりつつある今、人生の相棒のように思ってもらえる時計とはどんなものなのか、を考えました」とセイコーウオッチで商品企画を担当した伏見和浩さん(40歳)。その答えとして導き出されたのが、『タイムキーパー』のように嗜好品的側面を引き出した製品を開発することだった。
セイコー『プレザージュ』は、セイコーの腕時計づくりの伝統を継承し、世界に向けて日本の美意識を発信する機械式時計のブランドだ。「クラフツマンシップシリーズ」の名を掲げ、これまでに琺瑯、漆、七宝、そして有田焼を文字板に採用した時計を発表してきた。そして、この6月に発売となったのが、有田焼の文字板の最新作となる『有田焼ダイヤルモデルSARX095』(画像一番上)。
その名の通り、このモデルの文字板に用いられているのは有田焼。落としたら割れたりしないのかと思うが、従来の磁器の4倍以上の強度をもつ高強度素材を使用。さらに、超高精度の鋳型による鋳込み工程を経て約1300℃の高温で焼成し、その後、施釉と複数の焼成を重ねるという難易度の高い工程を経て完成している。もちろん、テストも念入りに繰り返されている。
これらの工程は、創業192年の有田焼の老舗「しん窯」に所属する陶工・橋口博之氏監修のもとで行なわれ、その開発には5年の歳月がかかった。
りゅうずに触れるのも楽しい
ローマ数字の部分を中央部より一段高くすることで立体的な湾曲をもたせた文字板は、有田焼の壷や皿などに通じる磁器ならではの造形美を表現している。また、時刻を示す針と数字の色は、透き通るような白磁とのコントラストが美しい濃い青色を採用。数字にローマ数字を用いたのは、前述したセイコー初の懐中時計『タイムキーパー』に敬意を表してのことだ。
そして、この時計に愛着を覚えるであろう大きな特徴は、機械式だということ。搭載しているムーブメント(※時計の駆動をつかさどる機械部分)は、手巻き付き自動巻き機構で約70時間も稼働するキャリバー「6R31」。金曜日にぜんまいを最大まで巻き上げておけば、腕から外した状態で週末のふた晩を過ごしても、月曜日の朝に使用可能な実用性を備えている。裏面は中の機械が動く様子が覗き見えるシースルー仕様というのも心が躍る。
王冠を思わせるりゅうずは、美しいばかりでなく、つい触れてしまいたくなる形に仕上げられている。そのりゅうずを回して巻き上げられたぜんまいがほどける力で秒針が駆動するのだが、その細かな動きには人間味さえ感じられる。正確さと手軽さはクオーツ式に一歩譲ったとしても、機械式ならではの魅力に溢れている。
「常に時代の一歩先を行く」を信条として歩み続けてきたセイコーの今を感じさせる腕時計。その凛々しい佇まいは、スーツやジャケットの装いでお洒落を楽しむ気持ちの張りを後押ししてくれる。
※この記事は『サライ』本誌2022年7月号より転載しました。(取材・文/堀けいこ 撮影/戸田嘉昭(パイルドライバー))