
あなたが「讃えたい」と思う人・モノ・コトを、「400文字以内のエピソード」と「賞状」で表現する「わたし大賞」。三井住友信託銀行が主催するこの賞は、心が温かくなり、勇気や希望を感じる作品が多いことで知られる。ここでは、大賞作品と、選定委員の選評を中心に紹介する。
3年目を迎えた「わたし大賞」では、あなたの心を動かし、讃えたいと思う人・モノ・コトを綴った400字以内の作品を募集している。
では、あなたが讃えたい存在はなんだろうか。そこで、まず浮かぶのは「人」だ。家族や友人のみならず、すれ違った名も知らぬ人により、温かな気持ちになったり、救われたりした経験を持つ人も多いだろう。
次に「モノ」だ。仕事や生活の物言わぬ相棒であり、傍にいる伴走者であり、ときに助けてくれるモノへの感謝の念を抱いている人もいるはずだ。
そして、「コト」だ。世界との関わり方や視座を変えてくれる出来事は、成長の糧となる。過去、あの瞬間の忘れられないコトを時折思い出すことはないだろうか。
人は体と心を使い、世界と交流し、経験を重ねながら生きている。今、この瞬間もあなたは多くの「人・モノ・コト」と交差しているだろう。これまでの人生の蓄積の中に、きっと「讃えたい存在」があるはずだ。
「わたし大賞」は、そんなエピソードを、「賞状」と「400字以内のエピソード」で表現した作品を、多くの人と共有する賞なのだ。
AI時代において、人が体験したことや感じたことの価値は高まっている。あなただけの体験を、ぜひ皆に教えてほしい。それはきっと多くの人の心を、優しく響かせるだろう。
今年も、「わたし大賞」の募集が始まった。そこで、早速、第2回目の「わたし大賞」受賞作を紹介する。作者は埼玉県在住の植田郁男さん。植田さんの作品は、詩人・藤川幸之助さんが選評している。
大賞受賞作品と、詩人・藤川幸之助の選評を紹介
賞状タイトル「満員電車の奇跡賞」
作者:植田 郁男
【賞状】

【エピソード】
朝の満員電車。体調が悪く、吊り革にしがみついて俯いていると下から声がする。
「おじさん、大丈夫?」
見るとランドセルを背負って黄色い帽子を被った少年が見上げている。力なく頷くと、ふいに少年は声を張り上げた。
「具合の悪い人がいます。誰か席を譲ってください!」
その声に反応して、2、3人が腰を上げた。そのうちの一席に私の手を引いて座らせると、席を譲ってくれた方に私より先にお礼を述べている。私は少年と席を譲ってくださった方に頭を下げるのが精一杯だった。終点に到着したアナウンスと共に顔を上げると、ドアから足早に出ていく少年のランドセルが目に映った。お礼は言えないままだった。
朝の満員電車は、慌ただしさと微かな苛立ちに満ちている。そんな中、幼い少年が示してくれた優しさと勇気は、たぶん私以外の乗客の方々の心にも何かを残したように思える。あの日、体も心も救ってくれた彼に、精一杯のありがとうを伝えたい。

【選評 詩人・藤川幸之助さん】
「朝の満員電車は、慌ただしさと微かな苛立ちに満ちている。」この一文に惹かれた。
「満員電車に満ちている微かな自分への苛立ちを感じ、ちょっと誰かが咳をしても、私に向けてされているんじゃないかって思っちゃって」体調が悪く吊革にしがみついてぐったりとうつむいていた時を、つらそうに植田さんは振り返った。
少年の大きく甲高い声が響いた。席を確保し、救急隊員さながら少年は植田さんを着座させた。「その一連の淀みない動作というのは奇跡と言うよりほかない」と植田さんは言う。恥ずかしい、私もきつい、きついふりかも、いろんな理由を見つけ、少年の行動を尻目に周りの大人同様、私も何もしなかったかもしれない。
「少年の優しさと勇気にふれて、人ってやっぱり優しいもんなんだろうなあ」と、事後、妊婦さんに席を譲ったと植田さんは嬉しそう。常識や経験を重ねて人は大人になっていく。幹が伸び、常識という葉が繁り、経験という花が咲き実ると、それらに隠れ自らの心根にある優しさや勇気が見えづらくなる時がある。それを少年は大人達の心の中に呼び起こす。大人を前に子どもが起こす「奇跡」だ。
植田さんは少年に会えずじまいのようだ。会って「ありがとう」を伝えたいと植田さんは言っていた。この受賞できっと会える気がする。「ありがとう」は「有り難い」を語源にもつ言葉。「有り難い」とは「ありそうもないことが起こって感謝する」という意味の「奇跡」の言葉だからだ。
「わたし大賞」は著名な選評委員が応募作品を選考
「わたし大賞」は豪華な選定委員が応募作品を読み、選評するところも魅力だ。前出の詩人・藤川幸之助さん、歌人・穂村弘さん、エッセイスト・大平一枝さんが、あなたの書いた文章を読む。これに惹かれて応募する人も増え続けている。
各委員のプロフィールと、第2回「わたし大賞」選定後のコメントを紹介する
詩人・藤川幸之助さん
小学校の教師を経て、現在は認知症の母親の介護の経験をもとに、命や認知症を題材にした作品を作り続けている。また、認知症への理解を深めるため全国各地で講演活動を行い、詩の朗読を交えた講演は好評を博し講演回数は500回を超える。作品や活動は多くの新聞やNHKハートネットTVなどのメディアでも取り上げられている。
【藤川さんのコメント】
「わたし大賞」を書くことは、心の中に自分の星座を見つけ、名付け、語ることだ。
一人静かに目をつぶる。まるで夜空一面に星が瞬くように、心の中には数多の思いや思い出が広がっている。
一見すると満天の星々のように無秩序に見えるが、記憶を辿りながら一つひとつをつないでいくと、自分にしか名付けられない自分だけの星座が生まれ、輝き始める。忘れられないあの思い出は、今の自分の人生をどのように照らしているのだろうか。
記憶の中で輝いているあなたの星座を、「わたし大賞」にしたため讃えてほしい。今ここに命のあることの喜びと幸せを、人のつながりの豊かさと生きることのすばらしさを、作品を通して今年も深く感じさせていただきたい。
歌人・穂村弘さん

1990年に歌集『シンジケート』でデビュー。研ぎ澄まされた言語感覚で創作・評論ともに活躍。『短歌の友⼈』で第19回伊藤整文学賞、『楽しい一日』で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で 第33回講談社エッセイ賞受賞。最新歌集『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。
【穂村さんのコメント】
一昨日から口内炎ができている。何を食べてもおいしくないし、何をしていても楽しくない。口内炎がなかった時は幸せだった、と思う。もっと感謝すべきだった。でも、何に?
私は何に対して、ありがとうを云えばよかったのだろう。こんな短歌を思い出す。
白鳥はふっくらと陽にふくらみぬ ありがとういつも見えないあなた(渡辺松男)
作中の〈私〉は「いつも見えないあなた」に「ありがとう」を云っている。でも、その不思議な「あなた」が、この世でたまたま目に見える誰かや何かに宿ることがあるんじゃないか。「わたし大賞」は、そんな小さな奇蹟のレポートでもあると思う。
エッセイスト・大平一枝さん

編集プロダクションを経て、1994年独立。暮らしや日々を綴ったエッセイのほか、市井の生活者を独自の目線で描くルポルタージュコラムを執筆。『東京の台所』(朝日新聞デジタルマガジン&w)、『自分の味の見つけかた』(ウエブ平凡)、『サンデー毎日』など連載多数。
【大平さんのコメント】
選考しているとき、だれもみなちょっと優しい顔をしている。もちろん真剣勝負なのだけれど、目尻や口元にふわっと笑みが宿っている。選ぶ者だけでなく、きっとすべての読み手と、応募する人も、ほんのりあたたかで幸せな気持ちになるんじゃないだろうか「わたし大賞」はそんな、関わる人みなが穏やかな気持になれる、珍しい企画なのである。
どんなささやかなことでも、あのとき言いそびれた「ありがとう」でも、あるいは命を救われた壮大な物語でも、贈る賞状に決まりはない。感謝のタネ探しはあなたの感性次第。
なにを書こうかと考えるところからもう、「ふわっと幸せ」は始まっているのかもしれない。
早速あなたも「わたし大賞」に応募しよう
文章を書くことは、意外と簡単だ。「わたし大賞」は「賞状」と「400字以内のエピソード」で応募する。文章に苦手意識がある人は、賞状から書くのも一つの手だ。
このとき、過去に特筆すべき思い出がないと考える人もいるだろう。そこで、おすすめしたいのは、リラックスしつつ軽い気持ちで、今日、一番心が温かくなったことや嬉しくなった「人・モノ・コト」にまつわる出来事を取り上げ、賞状を書いてみるのだ。
すると、不思議なもので、それをきっかけに過去の記憶が掘り起こされていくようなことが起こるはずだ。おそらく、直近にあったいいことを言葉にすることで「自分の幸せと、価値があること」の視点が定まるからだろう。
これを何度か繰り返すうちに、あなたのこれまでの人生という大きな海から、連なる真珠のようにエピソードが浮かび上がってくる。その中で、最も優しく、温かく輝く題材を選び、再び賞状を書いてみる。すると、思い出の輪郭がはっきりと掴めるようになるはずだ。その後に、400字以内の文章に取り組むのもいいだろう。
ここで大切なのは、うまく書こうと思わないことだ。あなたなりに工夫し、試行錯誤しながら書き上げれば、誰かの心を打つ作品に自ずと仕上がるのだ。
何よりも、賞状と文章を書くプロセスは、あなた自身を幸せにする。過去に出会った人・モノ・コトを讃えていると、「唯一無二の心の宝をたくさん持ち、いい人生を歩んでいる」と思えるはずだ。
そんな宝の一部を、ぜひ、「わたし大賞」として世に出してほしい。あなたのエピソードに触れた人は、きっと前向きな気持ちになる。そして、その思いは、世界全体を温かく明るくするはずだ。
わたし大賞の詳細について
早速、「わたし大賞」に応募しよう!
一般応募はスタートしたばかりだ。作品例や応募方法は、下記サイトでチェックしてみよう。
構成・文/前川亜紀
