文/池上信次
猛威をふるう新型コロナウイルス。世界での感染者数は300万人、死者数は20万人以上、感染の3分の1を占めているアメリカでは、死者数が6万人を超えました。ウイルスは人を選びません。ジャズの国、アメリカでは新型コロナウイルスの感染による著名ジャズ・ミュージシャンの悲報が相次いでいます。
最初に入ってきたのは、トランペッターのウォレス・ルーニーの訃報でした。ルーニーは1980年代半ばからアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズやトニー・ウィリアムス(ドラムス)のクインテットで活躍、マイルス・デイヴィス(トランペット)の晩年のライヴではサポート役として共演。またハービー・ハンコック(ピアノ)らによるマイルス・トリビュート・コンサートではマイルスの「代役」を務めたほどの実力者でした。3月31日、新型コロナウイルス感染の合併症のため死去。ルーニーは1960年生まれ、59歳の若さでした。衝撃的としかいいようがありません。
その翌日4月1日には、ピアニストのエリス・マルサリスが、生地で活動拠点のルイジアナ州ニューオリンズで亡くなりました。マルサリスは、現在アメリカを代表するトランぺッターであるウィントンと、スティングとの共演でも知られるサックス奏者、ブランフォードの父親でもあります。また、ジャズ教育者としてもニコラス・ペイトン、ハリー・コニック・ジュニア、テレンス・ブランチャードら、多くの才能をシーンに送り出した著名な存在でした。85歳。ニューオリンズ市長が追悼の声明を発表しています。
そして同じ日、ニューヨーク近郊のニュージャージー州サドルリヴァーでギタリストのバッキー・ピザレリが死去しました。ピザレリは1940年代から活躍、ベニー・グッドマン、フランク・シナトラとの活動で知られている、まさに伝説のギタリストです。94歳でした。息子はジャズ・ギタリストのジョン・ピザレリ。
4月7日には、プロデューサーのハル・ウィルナーが亡くなりました。ウィルナーは、セロニアス・モンクやチャールズ・ミンガスらへのユニークなトリビュート・アルバムのプロデュースで知られます。64歳。
4月15日には、アルト・サックス奏者のリー・コニッツがニューヨークで死去しました。コニッツは1940年代末にマイルス・デイヴィスの『クールの誕生』で共演、その後は自身のグループを中心につねに第一線で活動を続けてきました。リーダー・アルバムは100枚をゆうに超え、近年も精力的に世界中でライヴ、レコーディングを行なっており、2017年には「東京ジャズ」の大ホールで演奏を披露しました。92歳の高齢だったとはいえ、70年におよぶ活動がこのような形で終わってしまうのはじつに残念なことです。
また、そのリー・コニッツや、ディジー・ガレスピーとも共演経験のあるピアニスト、マイク・ロンゴも3月22日に亡くなっていました。83歳。
さらに訃報は続き、ベーシストのヘンリー・グライムスが4月15日に、亡くなっています。グライムスはソニー・ロリンズ、ジェリー・マリガンから、セシル・テイラー、アルバート・アイラーらまで共演。つまりメインストリームから前衛まで縦横に活躍した伝説的プレイヤーでした。そして4月17日にはサックス奏者、ジュゼッピ・ローガンが亡くなりました。ローガンはフリー・ジャズのレジェンドといえる存在です。グライムスとローガンのふたりは偶然の符合があり、ともに1960年代に活躍、1970年代にシーンから遠ざかるものの、2000年代にシーンに復帰して活動を続けていました。年齢も同じ84歳でした。
亡くなったみなさんの偉大な功績を讃え、ご冥福を祈ります。どうぞ安らかに。
(記載の死因は新型コロナウイルスと他の病気の合併症を含む。日時は現地時間。情報は4月30日現在、新聞各紙の報道による)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。先般、電子書籍『プレイリスト・ウィズ・ライナーノーツ001/マイルス・デイヴィス絶対名曲20 』(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz/)を上梓した。編集者としては、『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/伝説のライヴ・イン・ジャパン』、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)などを手がける。