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周瑜~三国分立を生んだ呉の名将【中国歴史夜話 5】

文/砂原浩太朗(小説家)

周瑜~三国分立を生んだ呉の名将【中国歴史夜話 5】

長江

呉の将・周瑜(しゅうゆ。175~210)は、三国志のなかでも重要な人物のひとりである。天下統一をめざす曹操の大軍に立ち向かい、赤壁の戦い(208)で、みごと大勝をおさめる。が、小説化された「三国志演義」では、名軍師・諸葛孔明の引き立て役にまわっている感がつよい。同盟相手でありながら、孔明の智謀をおそれ、たびたび葬ろうとして失敗。最後は、「天は、なぜ私とともに孔明を生まれさせたのか」という苦悶のことばをのこして息絶える。いささか損な役回りだが、じっさいの彼は、ほんとうに二番手の武将だったのか。

友情の名のもとに

周瑜は舒県(じょけん。安徽省)の出身。生家は後漢王朝に重きをなした家柄で、最高位のひとつ大尉にまでのぼった人物も複数出したほどだった。容姿に恵まれていたらしく、人目をひく風貌であった旨が正史にまでしるされている。また、音楽のセンスにも秀で、盃をかさね酔っているさなかでも、演奏されている曲に間違いがあればかならず気づいたという。まさに貴公子といったところだろうか。

舒県は治安のよい土地柄だったらしく、黄巾の乱(184)に際し、討伐の旗をあげた孫堅が家族をここへ住まわせた。このことで、周瑜の運命がかわる。同い年だった長男・孫策と意気投合し、ふかい親交をむすんだのである。周瑜は屋敷や必要な物資を提供したのみならず、孫策の母にまで礼をつくした。こうした対応にも、育ちのよさと鷹揚さがあらわれているといえる。

孫家は、古代の兵法家・孫武(いわゆる孫子)の子孫とされるが、このときは県の役人をつとめており、大勢力にはほど遠い存在だった。孫堅は海賊退治などで名をはせた勇将で、民政にも長けていたが、おしくも西暦192年、37歳の若さで戦死してしまう。
あとを継いだ孫策はまだ若く兵力も乏しかったため、群雄のひとり袁術のもとに身を寄せた。周瑜を片腕にむかえ、袁術配下の将として長江沿岸をつぎつぎと平定する。周瑜も乱世の人であるから、世に打って出たいという思いはあったろうが、孫策をあるじと仰がねばならぬ理由はない。すべては個人的な友情から出たことと見るべきだろう。ふたりは、絶世の美女とうたわれる姉妹をそれぞれ妻に迎えたから、義兄弟ともなったわけだ。劉備と関羽・張飛の間がら(第4回参照)もそうだが、男と男のむすびつきが国を動かした時代だったのである。

呉の柱石として

孫策軍は向かうところ敵なしの勢いで快進撃をつづけたが、兵たちにはきびしく略奪を禁じていたため、民衆の支持を得ることに成功する。ほどなく、皇帝を自称しはじめた袁術へ絶縁状をたたきつけ独立するが、これは当初から念頭にあった行動だろう。孫策と周瑜の若き主従が、思うぞんぶん翼をひろげるときがやって来たのである。

が、その矢先、孫策は26歳の若さで急死してしまう。当時、漢の皇帝は曹操の保護下にあったが、隙をついてみずからのもとへ帝を迎えようと企てているさなかであった。天下へ号令するつもりであったことにほかならない。「演義」では、仙人のたたりでいのちを落としたことになっているが、実際はほろぼした相手の残党に暗殺された。ちなみに、この刺客にまつわるくだりも、うまくストーリーに取り込まれている。

あとを継いだのは弱冠19歳の弟・孫権である。「群雄たちと天下をあらそうことはわしに及ぶまいが、人材を取り立て国をたもつことに関しては、そなたが勝るだろう」というのが、いまわの際にのこした孫策の評だった。盟友ともいうべき周瑜が後事をたくされたのは、想像にかたくない。とはいえ、まだ26歳の若者である。古つわもののなかには彼を軽んじる者もいたと見え、孫堅の代からつかえる程普という武将はしばしば周瑜を侮辱する態度をとった。が、彼がつねに謙譲の姿勢をくずさなかったので、ついに程普の方が折れ、かえって敬意をいだくようになったという。

天下三分を生んだ決断

孫策没して8年後、天下統一をもくろむ曹操が南下を開始する。兵をもってこれに抗するか降るかで、呉の国論は割れた。周瑜はみずから見出してむかえた謀臣・魯粛と歩調をあわせ主戦論を展開、孫権に開戦を決意させる。亡き孫策とともに築いた国をくだらせてなるものかという思いもあったろうが、感傷で動いたはずもない。周瑜はこのとき、80万と号される曹軍が実質20万前後であることを的確に見抜いている。対する呉軍は3万と、不利ないくさであるのはたしかだが、敵が慣れぬ水上戦を強いられること、はじめての土地で病気がひろまる可能性もあることなどを挙げ、味方の優位を説いた。じっさいその通りはこんだわけであるから、慧眼というほかない。彼にはたしかな勝算があったのだろう。

実はもうひとり、主戦論を説いた人物がいた。ほかならぬ諸葛孔明である。劉備の使者として孫権をたずね、対曹操の同盟をもとめたのだった。が、ここで呉が降れば劉備軍が生きのこる道はない。孔明としては主戦論を説くしかないわけで、孫権にもその程度のことは分かっていたはずである。もし周瑜が降伏側にまわっていたら、日ごろの信頼からして容れていた可能性がたかい。となれば、魏・呉・蜀の三国分立もありえなかった。公平に見て、周瑜の説得こそが歴史を動かしたといっていい。

赤壁の戦いで劉備・孫権の連合軍が曹操に大勝したのは周知のとおり(第2回参照)。最大の勝因となった火攻めは、呉将・黄蓋の策をうけて周瑜が決断したものである。「演義」では、孔明の智謀をおそれて亡き者にしようと画策するが、むろん正史にそのような記述はない。彼ほどの武将が決戦まえに内輪もめをおこすわけもないし、そもそもふたりのあいだに具体的な遣りとりがあったという痕跡すらうかがえない。おそらく孔明とは、同盟をむすぶ折に接触した程度ではないか。小説的技法とはいえ、天才軍師の引き立て役を割り振られてしまったのは気の毒というほかない。

赤壁の2年後、周瑜は36歳の若さで病没する。呉にはおおきな痛手だが、魯粛をはじめとする賢臣・勇将が孫権をささえた。ついには三国の一角をしめるにいたるが、晩年の孫権に失政が目立ったのも事実である。周瑜が生きていればと思った人は、当時も決して少なくなかったろう。あるいは孫権自身、そう考えたことがあるかもしれない。彼は帝位についた折、「周瑜がいなければ、わしはこの座を得られなかった」ということばを残している。すでに周瑜が没して20年ちかくがたっていた。臣下として受けうる最高の賛辞というべきだろう。

文/砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)
小説家。1969年生まれ、兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。2016年、「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。著書に受賞作を第一章とする長編『いのちがけ 加賀百万石の礎』、共著『決戦!桶狭間』、『決戦!設楽原(したらがはら)』(いずれも講談社)がある。

『いのちがけ 加賀百万石の礎』(砂原浩太朗著、講談社)

 

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