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前列中央から時計回りに、ご飯、野蕗のきゃらぶき、煎り豆腐(人参)、鶏そぼろ、漬物(胡瓜と人参の糠漬け・壬生菜・刻み沢庵)、焼き海苔、ごんげん蒸し、大根おろし(葱・鰹節・胡麻)、納豆(葱)、絹さやの浸し(鰹節)、味噌汁(豆腐・若布・葱)、中央右は焼き鮭、左は蒲鉾と山葵漬け。今朝は小鉢に盛っているが、常備菜のきゃらぶきや煎り豆腐、鶏そぼろ、加えてごんげん蒸しなどは大皿で登場し、取り分けていただくことが多い。絹さやは昨夜の残りを浸しに。蒲鉾は、山葵漬け(静岡『野桜本店』の激辛口)をつけて食す。焼き海苔は東京・品川の『みの屋海苔店』のものを愛食。焼き海苔とごんげん蒸しの器の模様は、定紋である揚羽蝶。

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諸葛孔明とその一族~三国にまたがる血脈【前編】【中国歴史夜話 1】

文/砂原浩太朗(小説家)

諸葛孔明とその一族~三国にまたがる血脈【前編】にっぽん歴史夜話17】

不世出の軍師として、あまりにも有名な諸葛亮孔明(181~234)。「三国志」随一のスーパースターであり、劉備(161~223)を補佐して蜀の国を打ちたて、三国鼎立を成し遂げた立役者でもある。孔明以外の諸葛一族が、敵国である魏や呉で重きをなしていたことも、ファンならご存じだろう。本稿では、孔明の子や孫、そして魏呉で活躍した諸葛一族の血脈について語ってみたい。

不美人だった孔明の妻

孔明の妻・黄氏は、荊州(おもに湖北省および湖南省一帯)の名士・黄承彦(こうしょうげん)の娘である。才知にすぐれていたが、不美人として知られてもいた。孔明は劉備につかえる以前からその英名を馳せていたから、黄承彦は、みずから娘をすすめ、縁談をまとめたという。

じつは、黄氏についてはっきり言えるのはこれくらいのことでしかない。天文から地理、兵法書にまで通じ、大いに孔明の学問を助けたというのは、後代にまとめられた小説「三国志演義」の記述であり、フィクションとしてふくらませた部分である。とはいえ、神算鬼謀の軍師(これも多分に小説的味つけがふくまれているが)・孔明の妻が、容色にめぐまれないながらも人なみはずれた才知をもった女性、というのは魅力的な設定だろう。

晩年にさずかった息子

夫婦のあいだにはなかなか子がさずからず、孔明は呉に仕える兄の瑾(きん。174~241)から子をもらいうけて養子とした。名は喬(きょう)という。縁組の時期は不明だが、孔明が劉備の死後、子の劉禅へ「出師(すいし)の表」をたてまつり魏を討つべく出陣したとき(227)には従軍しているから、それ以前であることは間違いない。このとき喬は24歳だから、さかのぼっても10年程度ではないだろうか。

ところがこの年、孔明に実子の瞻(せん)が生まれている。47歳にして、はじめて父となったのである。やはり「三国志演義」では黄氏の所生とあるが、正史には明記されていない。瞻の伝記に註として前述の嫁取りエピソードが記されているため、そのようにも読めるという程度である。もし黄氏が母だとすれば20年ほども子に恵まれなかった後だから不思議な気もするが、10歳ほど年下だったとすればありえないことではないだろう。

こうなると跡継ぎをどうするかで悩ましいところだが、翌年、喬が陣没してしまう。さらに234年には、孔明が五丈原の陣中で生涯をおえる。瞻は8歳で父を失ったのだった。

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