文・絵/牧野良幸
『蘇る金狼』は1979年の角川映画だ。
当時、角川映画は横溝正史原作の『犬神家の一族』や、森村誠一原作の『人間の証明』で日本映画界に旋風を巻き起こしていたが、大藪春彦原作の『蘇る金狼』もそれに続くヒット作になった。
なにせ出演が松田優作なのだ。テレビドラマ『太陽にほえろ!』のジーパン刑事役で彗星のごとく登場した松田優作は、僕らの世代ではブルース・リーと並んで二大“男の憧れ俳優”だったと思う。
実際、僕の同級生には憧れを通り越して人生まで影響された男がいた。彼は優しい性格の高校生だったにもかかわらず、ブルース・リーに影響されて大学に入学するや空手を始めた。そのあとは松田優作に憧れて、言うこと成すことハードボイルド調になった。
この男のことは笑えない。僕だって行動には移さなかったものの、ブルース・リーや松田優作への憧れは同じくらい強かった。頭の中はひたすら女の子のことばかり考えていたくせに、一方では女の子ととても共有できない“男の世界”にも浸っていたのだ。
『蘇る金狼』で松田優作が演じたのは朝倉哲也。表向きは経理部で働く平凡なサラリーマンだ。もさっとした髪の毛に黒ぶちメガネ、昼食はカップラーメンと、いかにも風采が上がらない。
朝倉は、会社の社長や役員たちがおこなっている不正に対しても、
「じっと我慢するのが、一番いいんじゃないですか……」
と事なかれ主義。出世に対しても
「僕なんか大学は夜間だし、会社も補欠でしたから……」
と諦めている。松田優作とあまりにギャップのあるダメ男なのが面白い。この設定だけで映画は半分成功したようなものだった。
しかし朝倉には裏の顔があって、実は犯罪にも手を染める野心家だ。
朝倉はある朝、現金運搬人を襲い、1億円強盗殺人事件を起こす。しかし手に入れた紙幣の番号は控えられていた。現金が使えないと知るや、麻薬の元締めに近づき1億円をヘロインと交換する。悪い奴らを何人も撃ち殺していく姿は、まさしく闇の世界に生きる狼である。
その後も朝倉は会社員を装いながら、社長たちが横領をしている会社の乗っ取りを進めていく。まず社内の情報を探り出すために、経理部の部長の愛人、京子(風吹ジュン)に接近する。
当時は女優が映画でヌードを披露することが話題となったが、この映画でも風吹ジュンのヌードが話題になった。ベッドシーンでチラチラと映る裸体、それが当時随一のセクシーな女優だった風吹ジュンだけに、我々も唾を飲み込んだものだ。
朝倉は京子を手中にすると、京子を通じて会社の情報を聞き出していく。
ここからはかいつまんで書くと、朝倉は社長たちを横領のネタでゆすっていた桜井(千葉真一)を襲って、まんまと会社が払った内金2500万円を奪う。
さらには社長たちが、桜井を始末するために雇った殺し屋から逆にゆすられると、朝倉は社長たちから殺し屋の始末を頼まれる(朝倉はボクシングをやっていた)。成功の見返りは、社長たちへの脅しもあって自社株200万株であった。こうして朝倉は重役の座におさまり社長の娘との交際も始めた。
さらにその株を時価の3倍(24億)で買い取るという政財界の大物があらわれたりと、朝倉の野望は成功したかのように見えた。
もちろんこれで終わったら、いくら松田優作のファンと言えどもついていかない。話は急展開して、朝倉に捨てられたと思った京子が、朝倉を刺してしまうのがクライマックスだ。朝倉は京子と一緒に海外へ逃亡するために航空券を買ってあったのに。
ラストシーンは飛行機の中。傷の深い朝倉は
「ねえ、ジュピターには何時に着くの? 木星には何時に着くんだよ?」
と意味不明の言葉を吐きながらシートに崩れていくのだった。これぞジーパン刑事の最期と同じく、松田優作的なラストシーンであろう。
映画公開時、僕は二十歳すぎの大学生だったが、還暦を過ぎた今観てもドキドキする映画だ。松田優作が演じる風采の上がらないサラリーマンは、十分すぎるほどドスがきいているし(こんな部下がいたら上司もビビるだろう)、風吹ジュンとの濡れ場ではあいかわらず唾を飲み込んだ。公開から40年たつにもかかわらず血が騒ぐ映画である。
【今日の面白すぎる日本映画】
『蘇る金狼』
製作年:1979年
製作:角川春樹事務所・配給:東映
カラー/131分
キャスト/松田優作、風吹ジュン、千葉真一、成田三樹夫、佐藤慶、岩城滉一、ほか
スタッフ/原作:大藪春彦 脚本:村川透 脚本:永原秀一 撮影:仙元誠三 音楽:ケーシー・ランキン
~無鉄砲野郎の美学」8月10日(土)~9月6日(金)のプログラムで上映されます。詳細は神保町シアターのウェブサイトでご確認ください。 『蘇る金狼』は神保町シアターの特集上映「にっぽんのアツい男たち2
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp