取材・文/糸井賢一(いといけんいち)
ただの乗り物なのに、不思議と人の心を魅了する自動車とオートバイ。ここでは自動車やオートバイを溺愛することでオーナーさんの歩んだ、彩りある軌跡をご紹介します。
今回、お話をうかがったのは、東京都世田谷区にお住まいの大山純一さん(68歳)です。大学を卒業後、食品会社に入社。結婚後、程なくしてアメリカ営業所の駐在員になるよう辞令が出たため、奥様と一緒に渡米します。駐在員としてアメリカで暮らした期間は、合計で22年にもおよびました。6年前に会社を定年退職され、現在に至ります。
お父様のカローラやスカイラインで、阪神高速道路を気ままに走った青春時代
大阪市南区(現在の中央区)にて産声をあげた純一さん。幼い頃はさほどクルマに興味を抱かなかったのですが、地元にあるお寺の境内でジャガーの『Eタイプ』を目にした際、お父様の乗られるオート三輪とのあまりの違いに衝撃を受けます。
16歳で原動機付自転車免許を取得。18歳で軽自動車免許(※)と普通自動車免許を取得。大学に入学後、大型自動二輪免許を取得します。これらの免許は就職に備えて取得したもので、クルマやオートバイへの興味からではありません。それでも時折、お父様の所有するトヨタの初代『カローラ』、次の所有車になる日産の三代目『スカイライン』を借り、開通から間もない阪神高速道路等で運転を楽しんでいました。
※軽自動車免許は1968年に廃止
大学に在学中、純一さんは奥様と出会います。言葉を交わすうち次第に惹かれて交際を開始。大学を卒業し、食品会社へと入社した年に入籍を果たします。
オープンカーに最適な気候を持つアメリカで、フェアレディの魅力に見せられる
仕事に家庭に、順調な日々を送る純一さん。入社から2年を経たところで、ロサンゼルスに開設した現地事務所の駐在員となるよう辞令が出ます。これを受けて奥様と一緒に渡米し、新天地での生活を始めます。
さて、これまでクルマを所有しなかった純一さんですが、転機はアメリカの地で訪れました。個人売買の雑誌を購読中、たまたま売りに出ていた日産(当時のアメリカではダットサン)『フェアレディ2000(SRL311型)』が目にとまります。
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