取材・文/糸井賢一(いといけんいち)
ただの乗り物なのに、不思議と人の心を魅了する自動車とオートバイ。ここでは自動車やオートバイを溺愛することで歩んだ、彩りある軌跡をご紹介します。
2人のお子さんが大きくなり、また足腰の弱ったご両親を送り迎えすることが増えたため、それまで乗っていた三菱の八代目『ギャランVR-4』は使い勝手が合わなくなってしまいました。スポーツ指向のセダンが好きな堀口茂幸(58歳)さんですが、今の家庭環境に沿ったクルマへの乗り換えを決めます。
実用車として文句のなかったMPV。けれど運転の楽しいクルマが欲しくなり、自分だけのクルマを買うことに
新たなクルマに求める要素は「広い車内スペース」と「乗り降りのしやすさ」。茂幸さんは色々と情報を集めて検討した結果、マツダの二代目『MPV』を選び、購入します。
車内スペースも十分にあり、荷物もたくさん乗せられるMPVは、お子さんとのレジャーやご両親の送迎と、大いに活躍します。MPVの性能や使い勝手には満足していた茂幸さんですが、お気に入りの奥多摩湖周辺を走るにはボディサイズが大きく、また重いこともあって「もっと運転を楽しめるクルマも欲しい」との思いが強くなります。この頃の茂幸さんは、通勤用にスズキの(二代目)『ワゴンR』に乗っていたのですが、ダメ元で奥様に乗り換えを申し出たところ、しぶしぶではあったものの了解を獲得。さっそく、検討を始めます。
まずはトヨタの四代目『スープラ』エアロトップモデルが思い浮かびますが、もはや旧車の域にあり、維持の難しさを考えて却下。次に思い浮かんだホンダの初代『NSX』を候補に挙げるのですが、奥様から「寝言は寝ていえ」と、これっぽっちの脈も感じることのできない返答を突きつけられます。さすがに「NSXは現実的ではなかった」と反省した茂幸さん。今回のクルマ選びでホンダ車に興味をもったこともあり、あらためて『S2000』を持ちかけます。それでも価格の高さがネックとなって、奥様からの許可は下りませんでした。
発売時から人気が高く、中古価格の落ちないS2000。
「当時はNC(三代目ロードスターの形式)がデビューして間もない頃ですね。実はオープンカーに偏見を持っていました。乗っている人はスカしているというか、『自分に酔っている人なんじゃないの?』って。S2000はホンダのエンジンだから欲しいのであって、オープンカーだからではありません。そんな理由から『ロードスターは自分には向かない』って決めつけていました」
それでもせっかくの奥様の勧めとあって、一度、実車を見に行くことにした茂幸さん。インターネットの情報で、好みの仕様とボディカラーを持ったNCロードスターが近場の中古車店に展示されているのを知ると、さっそく足を運びます。
「妻と中古車店に向かう途中、マツダのディーラーに展示されていた(ボディカラーが)ブラックのNCが目にとまりました。ブラックを綺麗に維持することの大変さを知っていたので、買うことはないと思っていたのですが……。これがNCにとてもよく似合い、目が離せなくなったんです。聞けば妻もこのNCに好感を持ったそうなので、ディーラーに立ち寄りました」
偶然、目にとまった黒いNC。ディーラーにて「試乗ができる」と聞き、さっそく申し込みます。それまでオープンカーはサンルーフ装備車の延長上にあると考えていた茂幸さんですが、走り出した直後、それは大きな間違いだったと気付かされます。
「風の匂いとか、全部がダイレクトに伝わってくるのもそうですが、サンルーフ装備車とは見える景色が全然、違うんです。視界の全部で景色が流れるのは本当に衝撃で、『これがオープンカーなんだ!』と、目から鱗が落ちました。気になっていた人の目なんてどうでもよくなり、偏見を抱いていた自分が恥ずかしくなりましたよ」
盗難やイタズラといったセキュリティの面から「もしNCを購入するなら、しっかりしたリトラクタブルハードトップ(RHT)車かな」と考えますが、ディーラーの工場長より「NCはソフトトップ(幌の屋根)が基本。収納した時のデザインもスッキリしている」という助言をもらい、その認識もあらためます。
奥様も購入に賛成してくれたため、茂幸さんはその場でブラックのNCを契約しました。
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