新着記事

退職金・企業年金・私的年金も忘れずに。セカンドライフの収支もチェック【今からはじめるリタイアメントプランニング】

老後にもらえるお金はいくら!?|年金だけでなく、退職金・企業年金・私的年金の受け取れる総額を知る【今からはじめるリタイアメントプランニング】

【ビジネスの極意】管理職の仕事とは何か?

【ビジネスの極意】管理職の仕事とは何か?

常滑焼の炭化焼成の急須と湯呑み2客組|コクがあり柔らかな味が楽しめる炭化焼成のセット

佐世保鎮守府関連の日本遺産を巡る特別な徒歩ツアー|長崎県佐世保・日本近代化の躍動を体感できる街【1】

【人生100年時代の生き方】100歳までのお金をどうする? 両親が「住宅型有料老人ホーム」に入居した大島さんの場合【後編】

【人生100年時代の生き方】100歳までのお金をどうする?|両親が「住宅型有料老人ホーム」に入居した大島さんの場合【後編】

【人生100年時代の生き方】100歳までのお金をどうする? 両親が「住宅型有料老人ホーム」に入居した大島さんの場合

【人生100年時代の生き方】100歳までのお金をどうする?|両親が「住宅型有料老人ホーム」に入居した大島さんの場合【前編】

同窓会で気になること第1位は「友人のおばさん化」!?

高校時代、あんなにキレイだったのに……|同窓会で気になったこと第1位は「友人のおばさん化」

八幡堀に沿って白壁の土蔵や旧家が立ち並び、往時の賑わいが偲ばれる

水運で潤う城下町を全国に残す|三英傑に仕え「全国転勤」した武将とゆかりの城【田中吉政編】

関羽像(かんうぞう) 青銅製 明時代・15~16世紀 新郷市博物館蔵

「リアル三国志」の世界を最新の発掘成果と共に体感!【日中文化交流協定締結40周年記念 特別展「三国志」】

岡山県産綿布の雪駄|素足に心地よい伝統の綿布を使用。普段着でさくさく歩きたい

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

万葉学の泰斗、中西進さんに聞く『万葉集』の基礎知識

日本最古の歌集『万葉集』。今なお広く読み継がれる歌集としては世界最古といってもよい。そこには喜び哀しみの感情が、自然への畏怖が赤裸々に記され、私たちの心を揺さぶる。

『万葉集』は和歌の原点というだけでなく、日本人の心の源流でもある。万葉学の泰斗、中西進さんがその概略をひもとく。

※この記事は『サライ』2006年4月20日発行号より転載しました。

中西進(なかにし・すすむ)さん。昭和4年、東京生まれ。東京大学大学院修了。『万葉集』研究の第一人者。※写真はサライ本誌掲載当時のものです。

籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この岳に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも(巻一・一)

●読み:こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いえきかな なのらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそは のらめ いえをもなをも

『万葉集』は5世紀後半の雄略天皇を作者とするこの歌で始まる。大和国の丘の辺で、籠と篦(へら)を持って菜を摘む乙女に名を問う天皇。古代、女性に実名を聞くことは求婚を意味した。

天皇の婚姻という、巻頭にふさわしい歌で始まる『万葉集』は、全20巻に4500余首を収め、その歌数の多さでも注目される。たとえば初の勅撰集『古今和歌集』も20巻構成だが、約1100首と数では遠く及ばない。

この歌集はいつ、誰が編んだのか。平易な語り口で知られる万葉学者の中西進さんはいう。「明確な編者はいません。8世紀初め頃から長い歳月をかけ、既にあった幾つかの歌集を核に編纂が重ねられ、最後に大伴家持が中心となって形を整えたのでしょう。だから私は“成立”ではなく“形成”と呼びます」

『万葉集』という書名の意味も明らかではないが、多くの(万)、歌(葉)を集めたという意味ではないか、と中西さんは推測する。

漢字の音を借りて歌を記録

『万葉集』には庶民の歌も多く登場する。それらは本来、歌垣(人が垣根のように並んで歌を掛け合う)で歌われた即興歌や、東国の民謡、労働歌などだ。もとより、民衆に文字を書く能力はない。これらの歌はほとんど、役人らが筆録したものである。また額田王ら初期の歌も、筆録者が別にいた。

その筆録方法が独特だ。『万葉集』の歌は、原文ではすべて漢字で記されているが、漢文ではない。文字を持たなかった古代日本人は、歌の表記に中国から移入した漢字を用いた。日本語の一音に、漢字の音を借りて当てたのである。これがいわゆる万葉仮名だ。

例えば中西さんの愛唱歌でもある次の歌。

吾が恋は まさかもかなし 草枕 多胡の入野の 奥もかなしも(巻十四・三四〇三)

●読み:あがこいは まさかもかなし くさまくら たごのいりのの おくもかなしも

●訳:私の恋は今もかなしい。草を枕の多胡の入野の行く末もかなしい

この歌の〈まさかもかなし〉は、原文では〈麻左香毛可奈思〉となっている。音を表すこの万葉仮名と、「春霞」「山道」といった漢字本来の用法を織り交ぜて『万葉集』は書かれた。万葉仮名は後世、平仮名に発展してゆく。

万葉集は後々の歌集に比べて歌体(歌の形式)も、長歌、短歌、旋頭歌(せどうか)、仏足石歌(ぶっそくせきか)と多彩だ。

「万葉の時代は4期に分けるとわかりやすい。初期万葉、白鳳万葉、平城万葉、天平万葉がそれです」と中西さんはいう。初期万葉の代表歌人は額田王で、いわば歌の萌芽期。白鳳万葉は柿本人麻呂に代表され、歌の完成期にあたる。平城万葉は個性の時代で、教養派の大伴旅人、人世派の山上憶良、自然派の山部赤人などが登場。それらを統合し、『古今和歌集』につながる新しい美を創造したのが、大伴家持らの天平万葉だ。

その家持が、因幡国(鳥取県)の国庁で詠んだ新年の歌で、『万葉集』全20巻は幕を閉じる。

新しき 年の始の 初春の 今日降る雪の いや重け吉事(巻二十・四五一六)

●読み:あらたしき としのはじめの はつはるの けふふるゆきの いやしけよごと

●訳:新しい年の始めの今日を降りしきる雪のように、いっそう重なれ、吉き事よ

※この記事は『サライ』2006年4月20日発行号より転載しました。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 子どものような純粋な心で『万葉集』の本質に近づく|『中西進の万葉みらい塾』 小学生にもわかる『万葉集』の魅力|『中西進の万葉みらい塾』
  2. 中西進さんと万葉の大和路を歩く3|阿騎野(奈良県宇陀市)
  3. 中西進さんと万葉の大和路を歩く2|吉野(奈良県吉野町)
  4. 中西進さんと万葉の大和路を歩く1|飛鳥(奈良県明日香村周辺)
  5. 万葉集の名歌絶唱の地を写真で巡る展覧会|牧野貞之『万葉写真展』
PAGE TOP