取材・文/糸井賢一(いといけんいち)
ただの乗り物なのに、不思議と人の心を魅了する自動車とオートバイ。ここでは自動車やオートバイを溺愛することで歩んだ、彩りある軌跡をご紹介します。
こつこつと積み重ねた努力が実を結び、大きなマンガの賞を獲得した田代哲也さん(49歳)。その賞金で長く憧れていた“とあるクルマ”の購入に踏み切ります。
賞金を全部つぎ込んで購入したのは、愛らしくもタフネスなジムニー
哲也さんが高校生の頃より憧れていたのは、スズキのオフロード軽自動車『ジムニー』でした。デフォルメされた玩具のように愛らしいフォルムと、どの様な悪路でも走破するタフネスさを持つジムニーに、哲也さんの“男の子心”がわしづかみにされます。取り寄せたパンフレットを眺めては「いつかは購入したい」と、思い焦がれていました。
「これまで収入はアルバイトが中心だったので、生活はカツカツ。とてもクルマを購入し、維持することなんてできませんでした。頂いた賞金は蓄え、生活の足しにするのが賢い使い方なのでしょうが……。そこは色々な経験があってのマンガ家です。全額使って、ジムニーを買うことにしました。欲しいのはEpi(電子制御燃料噴射機構)インタークーラーターボを持つ、(当時)最新モデルのJA71ですが、中古でも手の出せる価格ではなかったんです。そこでSJ30という、ひとつ古いモデルを狙いました」
中古車情報雑誌にSJ30を掲載していた店に出向き、いざ対面した実車は……。シートは破れ、ボディのあちこちにサビの浮いた、とても程度の悪い12年落ちの車両でした。
「思わず引いてしまうほど、程度の悪いSJ30でした。今でも値崩れしないジムニーです。当時は程度が悪くても高値がついているのが当たり前でした。予算内で買えるのは目の前の車両だけ。この機会を逃したら、もう手の出せるジムニーは現れないかもしれない……。そんな思いが購入に踏み切らせました」
それでも初めて買ったクルマ、しかも念願だったジムニーです。手続きを済ませて車両を受け取るや、その足で大学へ直行。友人を強引に誘って、そのままドライブへと出かける喜びようでした。
大学を卒業後、マンガ家として活動をはじめた哲也さん。多忙の中、時間の許す限りひとりで、あるいは友人と一緒に、SJ30で出かけます。昭和のクルマで12年落ちともなれば、何があってもおかしくはありません。出た先で軽微なものから深刻なものまで、度々、トラブルに見舞われます。けれど、どの様な事態も笑い事にできる若さとSJ30への愛情により、充実したジムニーライフを送ります。
一方、めっきりと乗る機会の少なくなったヤマハの『FZ250フェーザー』とスズキの『GAG(ギャグ)』。オートバイ仲間も皆、大学卒業を機に乗らなくなったこともあって、この先、乗る機会が増えることは見込めず、「このまま乗らないのも可哀想」と売却します。
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