文/堀けいこ

美術のトム・シェンクによるセットプラン

美術のトム・シェンクによるセットプラン。

昨年暮れ、俳優として三島由紀夫の『豊穣の海』の舞台版で圧巻の演技を見せた笈田ヨシ。 新年は、演出家として石川淳原作の新制作オペラ『紫苑物語』を手がける。 

笈田(おいだ)ヨシ。演劇好きなら、この名前にピンとくるはず。半世紀以上にわたり、パリを拠点に俳優、演出家として活躍してきた人で、2013年にはフランス芸術文化勲章の最高位コマンドゥールを授かっている。日本での活動も途切れることなく続いており、直近では、昨年の11月から12月にかけて、東京と大阪の劇場で上演された三島由紀夫原作の『豊穣の海』(マックス・ウェブスター演出)に出演。本多繁邦の老年期を演じた笈田は、唯一無二の存在感を示した。 

笈田ヨシ

笈田ヨシ

笈田と三島との間には浅からぬ縁がある。笈田のプロフィールを紹介する記事に“三島由紀夫の愛弟子”といった表現が出てくることもあるほどだ。 

三島との出会いは、笈田が慶應大学在学中のこと。文学座に入団した折だ。そのころの文学座には、俳優陣の他に、岩田豊雄(獅子文六)、久保田万太郎、そして三島由紀夫、と錚々たる顔ぶれの作家陣がいた。笈田は、ここで演技の勉強をして、ゆくゆくは一座を作って自分で演出をしようと思っていた。が、周りから、下手だ、才能がない、とさんざん言われる。それが口惜しくて、バレエやダンス、能楽に義太夫など、様々芸能を習得しようと努力した。そのことが結果的に、世界中の舞台で演劇人生を送る笈田を後押しすることとなった。 

と言うのは、文学座を辞めて劇団四季に入った笈田に、イギリス人演出家のピーター・ブルックを招聘してパリで上演される『テンペスト』の実験劇に出演しないかとの声がかかるのだが、それは、狂言や義太夫を習っていた笈田の経歴を買われてのことだった。実は、狂言師の野村万作や能楽師の観世寿夫が候補に挙がっていたのだが、彼らの出演がかなわなかったという裏事情もある。ともあれ、これが世界への第一歩となった。それが昭和43年のこと。 

その2年後、ピーター・ブルックに認められた笈田は、パリを本拠地とするブルックの演劇研究団体への参加を促される。研修期間は3年。参加を決意して、まずはブルックの待つロンドンに渡ることになった笈田の元に、旅立ちの前日、三島由紀夫から贈り物が届いた。それは、多額の餞別と麻の甚平。添えられた一通の手紙にはこう書かれていた。 

「英京龍動(イギリスの首都ロンドンの意味)に於いても、この甚兵ヱを着用して上方風日本精神を忘るゝこと勿れ。笈田君、三島由紀夫」 

それから半年も経たないうちに起きた三島割腹のニュースを、笈田は、ロンドン経由で向かったパリで聞くことになる。文学座時代、風貌が似ていたことで三島由紀夫に目をかけられたという話も伝えられている。“三島由紀夫の愛弟子”と言われる由縁だ。 

ピーター・ブルックの下で研鑽を重ねたことで、世界を舞台として吟遊詩人のような人生を送ることになった笈田。これまでヨーロッパを中心に数多くの演劇、オペラの演出を手がけてきた彼が2019年の仕事始めに手がけるのが、新国立劇場のオペラ『紫苑物語』。石川淳の小説のオペラ化だ。 

今シーズン(2018-2019)から新国立劇場オペラ芸術監督を務めるのは、世界を舞台に意欲的に活動をする指揮者の大野和士。新国立劇場オペラのさらなる発展を目指し、様々なテーマを掲げるが、中でも意欲を燃やすひとつのテーマが、日本人作家による新作オペラの上演。その第一作となるのが『紫苑物語』なのだ。 

『紫苑物語』は石川淳作品の中でも極上の名文と讃えられる小説で、オペラ化にあたっては、台本を詩人の佐々木幹郎が手がけている。作曲が西村朗、指揮は大野和士芸術監督自らが務める。そして、演出が笈田ヨシ。

右・指揮・大野和士、左・作曲・西村 朗

右・指揮・大野和士、左・作曲・西村 朗

昨年10月28日に開催された『紫苑物語』についてのトークイベントで、大野和士芸術監督はこう語っている。 

「尊敬する作曲家である西村さん、心身共に創作力の絶頂期にある彼に、ぜひ新国立劇場の第1弾となるオペラを書いていただきたい、と、強い思いを持って依頼を申し上げました。その西村さんが日頃、合唱オペラという形で表現を重ねておられた佐々木幹郎さんを台本作者として得ることができたことも大変な幸せと思っています。 

そして、笈田ヨシさん。今回のこのプロダクションを演出していただくのに、これ以上ふさわしい方はいらっしゃらないと確信を持っています」

近年、オペラ演出を多く手掛ける笈田ヨシは、ヨーロッパのオペラ界では屈指の人気を誇る演出家なのである。
 

新国立劇場リハーサル室にて

新国立劇場リハーサル室にて

歌詠みの家に生まれ、才能がありながらも歌の道を捨て、弓の道へと邁進する宗頼を主人公にした物語。芸術家の波乱の半生が、幻術と異界が交叉する幻想的な世界として描かれている。その壮大なオペラを、笈田ヨシはどのように演出するのか……。開幕まであとわずか。期待は大きく膨らむ。

新国立劇場リハーサル室にて

新国立劇場リハーサル室にて

※参考資料 「舞台の神に愛される男たち」関容子・著 講談社

新国立劇場 2018/2019シーズン オペラ『紫苑物語』

作曲・西村 朗[全2幕/日本語上演 字幕付]

公演日 2月17日(日)〜24日(日)
会場  新国立劇場 オペラパレス/東京都渋谷区本町1-1-1

■新国立劇場オペラサイトhttps://www.nntt.jac.go.jp/opera/asters/
■問い合わせ:電話 03・5352・9999(ボックスオフィス)

文/堀けいこ

 

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