新着記事

絞り出し・至高急須|茶葉本来の魅力を引き出す、デザインの妙

難しく考えてしまいがちな独学を身近なものに|『独学のススメ-頑張らない! 「定年後」の学び方10か条』

頑張らない独学のススメ|「定年後」の学び方

免疫力を高めるために摂取すべきだと思う野菜とは…?|免疫力向上のために取り組んでいること第1位は「食事・栄養に気を配っている」!

免疫力を高めるために摂取すべきだと思う野菜1位はブロッコリー

【ビジネスの極意】 「チーズはどこへ消えた?」から何を学ぶべきか?

【ビジネスの極意】「チーズはどこへ消えた?」から何を学ぶべきか?

姫革細工の長財布|華やかさと気品を添える、和モダン柄の美しい財布

コリン・フェルナンド、世話好きの配管工の彼の愛車は、1929年生まれのFORDだ

1929年生まれのFORDが愛車!|ニュージーランドはクラッシックカーを愛す

緑内障の要介護者、半数は自覚症状が出てから診断

中途失明の原因1位「緑内障」|約5割が「見え方の異常」から眼科受診で判明

今のうちに足元を固め、できることを始めよう|資産を運用する【今からはじめるリタイアメントプランニング】

老後の資金を増やす!|リスクを考えながら資産を運用するポイント【今からはじめるリタイアメントプランニング】

富士山ナイフ ―Fuji Knife―|意匠と機能が見事に融合したジャパニーズナイフの逸品

『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー) 演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ハービー・マン(フルート)、ポール・クイニシェット(テナー・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、ジョー・ベンジャミン(ベース)ロイ・ヘインズ(ドラムス)、アーニー・ウィルキンス(指揮) 録音:1954年12月18日

「編集」に隠された真実~なぜジャズのアルバムには同じ曲が何曲も入っているのか?〜「別テイク」の正しい聴き方(3)【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道20】

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ゆったりした船上にラウンジのようなソファが設えてあり、最大8人が乗れる。風を感じながら航走する爽快感を分かち合える。
  2. 美しい海に囲まれたラロトンガ島。ここムリビーチは島を代表するビーチで、遠浅のラグーンに、白い砂浜が広がる。
  3. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

「龍馬のサブ」ではなかった中岡慎太郎【にっぽん歴史夜話 9】

文/砂原浩太朗(小説家)

こうち旅広場の中岡慎太郎像

中岡慎太郎(1838~67)の名は知っていても、たいていの人は坂本龍馬を主役とするドラマや小説の脇役として覚えがある程度ではなかろうか。だが、中岡が龍馬と行動をともにしたのは晩年の2年半ほどにすぎず、それ以前は志士として独自の活動をおこなっていた。また、歴史上、龍馬の功とされることが多い薩長同盟も、じつは中岡なくして成立しえないものだったのである。本稿では、坂本龍馬のサブ的存在として語られがちな中岡慎太郎に焦点を当て、その隠れた功績を顕らかにしたい。

武市半平太との出会いが運命を変えた

慎太郎は天保9(1838)年、土佐の安芸郡北川郷(高知県安芸郡北川村)に大庄屋の長男として生まれた。後述するが、彼は民政にもすぐれた才をうかがわせており、平和な時代であれば名庄屋として生涯をまっとうしたものと想像される。

が、時代は騒然たる幕末に突入する。郡内の藩校で学んでいた慎太郎は、18歳の折、武術指導のため訪れた武市半平太(号は瑞山〈ずいざん〉。1829~65)と出会う。武市は郷士の出だがとりわけ剣に秀で、高知城下に道場を開いていた。

この巡り会いが志士・中岡慎太郎を生んだといっていい。武市に傾倒し、弟子となった彼は村を出て、2年間を城下で暮らすことになる。この間、数多の先達から歴史や兵学、西洋砲術などを学び、武市と交友のあった坂本龍馬とも知り合う。ちなみに、龍馬は慎太郎よりも3つ齢上である。

民政家としてのすぐれた手腕

安政4(1857)年、父の病によって家へもどった慎太郎は、翌年、大地震で痛手をこうむった村を復興させるべく力をつくす。自家の田畑を抵当にいれ、飢えた村民に米をくばった。それだけでは足りず、藩からも備蓄米を提供してもらうべく陳情におもむいたものの、翌日来るようにとすげなく追い返されてしまう。慎太郎は役宅の門前で夜通し座りこみ、朝を待った。その覚悟にうたれた重職は、すぐさま蔵をひらいたという。

これだけなら熱誠ある若者の美談というところだが、慎太郎は、植林や作物の栽培指導など、民政家としてもすぐれた資質を見せている。こんにちも、「光次(慎太郎の前名)の並木」と呼ばれた一帯が跡をとどめ、育成を奨めた柚子は村の特産品となっているのだ。
だが彼は庄屋として生きる道をえらばなかった。文久元(1861)年、武市が尊皇攘夷の旗をかかげて土佐勤王党を結成するや、いちはやく加盟。192名中、17番目というから、熱意のほどが推しはかれるだろう。翌年、江戸に出た慎太郎は、師の縁をたどって長州藩士・久坂玄瑞(げんずい)の知己を得る。武市は剣術修行のため江戸へ遊学した折、諸藩の士と友誼を交わしていたのだ。後年、薩長同盟の締結につながる下地が、早くもこの時期から築かれはじめる。

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 豊臣秀吉によって破却された富山城。江戸時代に前田家の分家が独立し、居城として改修した。現在の天守は昭和29年に建造 織田家への忠誠心を抱き続けた末の不運な最期|三英傑に仕え「全国転…
  2. 「聖徳太子」は虚像だったのか【にっぽん歴史夜話18】 「聖徳太子」は虚像だったのか【にっぽん歴史夜話18】
  3. 八幡堀に沿って白壁の土蔵や旧家が立ち並び、往時の賑わいが偲ばれる 水運で潤う城下町を全国に残す|三英傑に仕え「全国転勤」した武将と…
  4. 高山親子が居住していたとされる地に立つ「高山右近生誕地の碑」(大阪府豊能町) キリシタン大名の数奇な人生|三英傑に仕え「全国転勤」した武将とゆ…
  5. 「悲恋のヒロイン」ではなかった額田王~謎の女流歌人を追う【にっぽん歴史夜話17】 「悲恋のヒロイン」ではなかった額田王~謎の女流歌人を追う【にっぽ…
PAGE TOP