失ったハコスカの面影を求めてM5を購入
大学卒業後に建設会社に就職した守さん。ハワイへと旅行した際、奥様と出会います。奥様と結婚するにあたって実家から独立し、実用性を重視してトヨタのワゴン、『タウンエース』を購入します。駐車場の都合によりスカイラインは実家に置いたままでした。
仕事は多忙を極め、加えてお子さんを授かるという家庭環境の変化もあり、スカイラインに乗れない日が長く続きます。そしてある日、守さんが実家に顔を出すと、あるべき場所にスカイラインがありません。親御さんに問うと、「あまりに長いこと乗らなかったため処分した」との答えが返ってきました。
「10年以上、所有した愛車が突然、処分されていたのですから、それはショックでしたよ。けれどそう勘違いされるほど、乗ってあげられなかった負い目ですね。『仕方ないな』という思いもありました。『新しいオーナーの元で、また元気に走って欲しい』。そう願うことしかできませんでした」
青春時代を共に過ごしたスカイラインを失った守さんは、心のすき間を埋めるよう仕事に専念します。タウンエースを2台乗り継ぐ頃には、激務の新人時代を越えて時間と気持ち、そして経済的にも余裕が生まれます。
「またセダンに乗りたい」と思っていた矢先、偶然、中古の自動車ショップで見かけたBMWの『M5』に一目惚れし、購入に踏み切ります。
「新しい(4代目と5代目)スカイラインも魅力的ではあったのですが、それまで乗っていたスカイラインとデザインが違っていて、『これじゃない』って思いがありました。けれどM5からは(これまで乗っていたスカイラインの)面影を感じました。乗ってみたらパワーがあってスピードも出る、4ドアで車内にも余裕があり、乗り心地までいい。いいクルマとはどういうクルマなのか、お手本のような一台でした」
M5の奥深さと運転の楽しさは、守さんをサーキットへと呼び戻します。しかし再びプロドライバーへの情熱が戻ってしまうことをおそれ、レースへの参加は自粛します。
守さんとM5の蜜月は4年ほど続きましたが、燃料系のトラブルが発生。全体的に消耗した部品を交換しなければならない時期にも差しかかっていました。そこに輸入車を扱うショップから「M5の下取り金額と少々の支払いで、オペル『ベクトラ』の新車を売ってもいい」という提案があり、車両を入れ替えます。
「M5から輸入車の味わいが気に入っていたので、日本車ではなくオペルを選びました。このベクトラは『イルムシャー』がチューニングした40台だけの限定モデルで、とても切れ味がよく、M5とはまた違う味付けを持ったクルマです」
乗り心地のいいベクトラは守さんのお気に入りとなります。奥さんやお子さんたちも一緒に乗ってドライブにキャンプにと大活躍するのですが、お子さんたちが大きくなるにしたがってキャンプ道具が積めなくなり、お子さんのヒザの上に荷物を乗せるといったことも、しばしば起こるようになります。家族が快適に移動できるよう、守さんは10年間、連れ添ったベクトラを処分し、シボレーの2代目『アストロ』を購入します。
「このアストロは『スタークラフト』のコンバージョンモデルで、キャンピングカーのような内装が施されています。車内は広く、荷物は山ほど乗りました。けれど購入から10年もすると、もう子供たちはキャンプに行ってくれなくなってしまって……。夫婦2人だけで乗るにはあまりに大きすぎますからね、お役御免で売却しました」
変化は家庭環境だけでなく、仕事環境にも訪れます。長く建設会社に勤めた守さんですが、「今の仕事は、本当に自分がしたい仕事だろうか?」と、自問するようになりました……。
【後編】へ続く
※1:『軽自動車免許』は当時の軽自動車(排気量360ccまで)に乗ることができる限定付き免許。1968年に廃止。
取材・文/糸井賢一(いといけんいち)
ゲーム雑誌の編集者からライターに転向し、自動車やゴルフ、自然科学等、多岐に渡るジャンルで活動する。またティーン向けノベルや児童書の執筆も手がける。