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『フランダースの犬』は死んでいない?| 原作者ウィーダ女史の数奇な人生

文/柿川鮎子

フランダースの犬

小学館ジュニア文庫 世界名作シリーズ フランダースの犬

フランダースの犬といえばパトラッシュと少年ネロ。テレビアニメの最後のシーンは、クリスマスの深夜、大聖堂の中でした。力尽きたネロはパトラッシュの背中に手を乗せて言います。「パトラッシュ……疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとっても眠いんだ……」。パトラッシュとネロはずっと見たかった絵の前で、眠るように亡くなります。

天使が舞い降り、ふたりを天へと誘う、最後の昇天シーンは、多くの人の心を捉え、「フランダースの犬」は今でも人気の高い作品です。CMを提供したカルピスの会長は敬虔なクリスチャンで、この昇天シーンに流れる曲をアベ・マリアにするようにと、黒田昌太郎監督へ指示を出しました。

司馬遼太郎をして「桃太郎か浦島太郎ほどの知名度がある」(街道をゆく・オランダ紀行)と言わしめたほど、フランダースの犬は日本で特に有名な作品です。しかし、原作の舞台となったベルギーやイギリスなどヨーロッパでは忘れられた存在であることを知って驚いた司馬遼太郎は、「フランダースの犬の謎」という文章を残しました。

■ネロの心情に寄り添えない欧米人の感覚

日本人の心を捉えたこの名作ですが、パトラッシュもネロも死なない、ハッピーエンドの「フランダースの犬」が発刊されていました。1931(昭和6)年、大日本雄弁会講談社発刊「花の首輪」(宇野浩二著)と、1936(昭和11)年、同社刊「フランダースの犬」(池田宣政著)では、大聖堂で横たわっていたネロとパトラッシュは眠りから覚め、立派な馬車に乗って故郷へ帰ります。少年少女向けの物語にする際、なるべく受け入れやすいように変えたのでしょう。ハッピーエンド版を書いた宇野浩二は、「結末は雑誌社の方から頼まれて、直しましたが、これは直した方がよいと思って直しました」と書き残しています。

昭和6年、玉川学園出版部発刊の「フランダースの犬」書影と挿絵(国立国会図書館アーカイブズ)

昭和6年、玉川学園出版部発刊の「フランダースの犬」書影と挿絵(国立国会図書館アーカイブズ)

原作とは異なり、死なないパトラッシュとネロは、日本以外にもたくさん存在しました。アメリカ、イギリスでは映画にもなっています。子供であっても自主独立を目指すべきという考え方が行き渡っているヨーロッパでは、ネロが15歳になってもきちんと自立していない点が理解されず、「ダメな子がダメなまま死ぬ」という物語は、心情的に受け入れ難く、ハッピーエンドに変えたのでしょう。

画家を目指す主人公・ネロはミルク運びの仕事をしていましたが、新しく参入した会社により、職を失います。欧米人の感覚では、これもただ仕事を追われるだけの無能者という印象が強く、前向きに戦ったり、再雇用を請求するような強い意志をもたないネロに共感できません。結局、ハッピーエンドにしなければ、理解しがたい内容でもあり、「フランダースの犬」は時代とともに忘れられた作品となりました。

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