文/鈴木拓也
国土交通省の推進もあって、ダムやマンホールを観光資源とする「インフラツーリズム」が盛んだ。
それとは似て非なる路線と言おうか、人が通行できるトンネルを歩く「トンネル歩き」という、知られざる世界がある。
この趣味の先駆けであり第一人者として知られるのは、旅行会社勤務の花田欣也さん(57)だ。
花田さんは、30年ほど前に林道を歩いているときに、とある古色蒼然たるトンネルに遭遇。深い闇がどこまでも続く空間を前に、衝撃で立ちつくす体験をしたという。このことをきっかけにトンネルに惹かれ、各地を巡るようになった。
トンネルといっても、花田さんが関心を持つのは、人も車もあまり通らない、古びた「隧道(すいどう)」という表現がふさわしいもの。戦前に造られた由緒ある土木遺産もあれば、ひっそりと朽ちるのを待つような所もある。そこを1人で通行するのが、トンネル歩きの醍醐味なのだとか。
例えば、どのようなトンネルがあるのだろうか。サライ世代にもおすすめできる所を、花田さんに教えていただいた。
■宇津ノ谷明治トンネル(静岡県静岡市、藤枝市/国指定登録文化財)
花田さん「明治9年、当時の旧東海道近くに建造された煉瓦づくりのトンネルで、長さは203メートルあります。日本初の有料トンネルで、開通当初は大人2厘、かごは1銭5厘などと定められていました。
今は東海自然歩道の一部となっており、車止めがあって徒歩専用なので、ゆっくり煉瓦積みの美しさを堪能できます。晴れた日には、内部のカンテラ風のオレンジの照明がインスタ映えします。
なお、宇津ノ谷峠にはその後の輸送量の増加に伴い、大正トンネル、現在の国道1号線の昭和トンネル、平成トンネルの4本が、いずれも現役道として存在することが興味深いです」
■旧三瓶(みかめ)トンネル(愛媛県西予市)
花田さん「大正時代に建造された。長さ317メートルの旧三瓶トンネルは、鬱蒼とした杉林の中の旧道に現存するトンネルです。
幅が狭く、煉瓦が規則正しく積まれており、ヨーロッパの堅固な古城の中を歩くおもむきがあります。
内部はほとんど車の通行もなく、落ち着ける空間。新道トンネルがありながら、この旧道トンネルが現存しているのは、光ケーブルをトンネル内に通している事情もあります。新道分岐点から峠の旧道を歩く雰囲気も、とても静かで良いです」
■夏焼第2トンネル(静岡県浜松市)
花田さん「夏焼第2トンネルは、鉄道用トンネルとして昭和11年に竣工し、長さは1200メートルを超えます。旧国鉄飯田線の新線トンネル開通に伴い、この旧線のトンネルが道路転用され、現在もJR大嵐(おおぞれ)駅と小集落を結んでいます。
トンネルの先に佐久間ダムがありますが、ダムへの道路は自然に還った廃道となっています。
鉄道トンネルの特徴として、トンネルの形が細長いΩ(オメガ)型となっているのは、架線を設けるため。
第1トンネルは短いのですが、すぐ先にある第2トンネルはとにかく長いです。ダムの増水期には、冠水することもある旨の看板が入口に立っています。中は薄暗い照明がところどころにあり、車の通行もなく意外に落ち着けて、座って弁当を広げたい気分になります」
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こうして紹介いただくと、「トンネルは通過するだけのもの」という普段の認識も変わる。特に古いトンネルは、産業遺産として価値が高いものも多く、今後は観光資源として注目されるところも出てきそうだ。「その一方、人口減少などで今後閉鎖されるトンネルも出てくるでしょう」と、花田さんは語る。
ちなみに花田さんは、トンネル歩きの入門書となる『旅するトンネル』(本の研究社刊、Amazonにて購入可)を2017年12月に上梓。2019年1月13日(日)には、「花田欣也と訪ねるトンネルあるき~宇津ノ谷明治トンネルなど」という、旅行会社主催の東京発日帰りバスツアーでガイドも務める。興味のある方は、参加してみてはいかがだろう。
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は散歩で、関西の神社仏閣を巡り歩いたり、南国の海辺をひたすら散策するなど、方々に出没している。