取材・文/柿川鮎子
愛犬の終活を迎える時に、準備しておきたい大切なこと
お散歩友達の8歳のゴールデン・レトリーバーが、がんを宣告されてしまいました。飼い主さんは涙ぐみながら「最後まで、なるべくいつもと同じように過ごそうと思っているの」と言っていましたが、残された日々をどうやって過ごすのが正解なのか、ひびき動物病院院長岡田響先生に聞いてみました。

獣医さんは完全に治すのが難しい病気の治療を、どのように進めるのでしょうか。私自身、愛犬にはできるだけ苦しい治療は避けたいのが本音です。

■基本的に飼い主の意見が尊重される

岡田先生「死生観は飼い主さんにより様々ですので、基本的にはご家族の意向を尊重します。治療は飼い主さんがとことんやりたいならそういうものを用意しますし、あまりやりたくないならそういう提案をします。苦しい治療を避けたいということならば、そのように対応することは可能です」と、治療方針に関しては、飼主さんの意思が大切になると言います。

私自身、あまりにも好きすぎる愛犬の死を前にしたら、果たして冷静に正しい判断を下せるのか、とても自信がありません。岡田先生は「大切な家族だからこそ、動揺するのは当然のこと」と、飼主さんの混乱した気持ちを理解してくれました。多くのホームドクターである獣医師も同じように考えているはずだと岡田先生は言います。

「愛犬が病気になることを、事前に知っている飼い主さんはめったにいませんから、混乱して動揺するのは当然です。まずは病気を受け入れることが必要になります。その上で、次にどうするべきかを判断します。病気は時間とともに進行していくので、決断に時間を掛けるのは難しいケースがほとんどです。

散歩友達のゴールデンのようにがんの子であれば特に、病気の状況と進行度を評価して、治療を考えることになります。

診断のため、複数の検査が必要になるケースもあります。治療ではなく、病気を判断するためだけの手術が必要になる場合もあります。そして、手術になれば費用の負担も重くなるので、今後、どうするかという問題に、費用の問題もかかわってきます。

また、検査や手術をしてもなかなか診断がつかないような、珍しい難病のこともあります。しかし、方向性を明示するためには、診断のための検査や手術はとても大事で必要なこと。予後判断を左右する場合もあるので、慎重に進める必要があります。

病気と進行度が判明したら、治療の結果どうなるか、という点は、すでに医学的にわかっていることも多いので、学術書にある治療成績などから、その病気は治るのか治らないのか、治療方法はどのようにするべきか?を検討することができるようになります」
と教えてくれました。■基本的に飼い主の意見が尊重される

■愛犬にとって辛い治療はしたくないという考え

最後の時を幸せに迎えるために、飼い主としては信頼できるホームドクターと協力して、悔いのない時間を過ごしたいものです。もし治る見込みがあればなるべく早くよくなるように、きちんと治療して苦痛を取り除きますが、終活になったら、できるだけ痛みや苦痛を与えたくありません。

岡田先生も同じように「愛犬の最後を迎えるにあたって、恐怖や苦痛を与えるようなことはしたくないと飼い主さんが思うのは当然です」と理解を示しています。「私の場合は、まず今どういう状況にあって、この後どうなっていきそうか?という情報をきちんと提供します。今後、どんな風に病気が進行していくか、それに対してどんな治療をするか、相談しています。そうすることで、飼主さんが治療を理解でき、選択しやすくなると考えるからです。

話が進むにつれ、混乱やパニックになってしまう飼主さんもいらっしゃいます。当然ですが、悲しみでいっぱいで、心が乱れています。同時に、終活を行っている間に、病気であることを受け入れ、悔いのない最後の時間を過ごすことができる飼主さんも、最近は少しずつ増えてきました。

治療に関しては、医学的に一般的な方法があるので、それは一通りお話しています。『こんな風にしないといけない』とか『こうすべきです』という断定はしていません。

私の場合は、なるべく冒頭のゴールデンの飼い主さんが希望されたように、普通の毎日に近い生活を送れるように、生活の質を大事にすることを治療の中心にしています。治せる病気の場合は積極的に、そうでない場合は対症治療が中心になり、専門性のある治療の場合は、家庭医でできる範囲の事が中心になります。

対症治療では生存期間が短くなる可能性があります。それも、事前にアナウンスして承諾を得ます。私の病院ではできない治療をガッチリやりたい場合は、専門病院をご紹介しています。遠くの病院へ行くことができない場合は、当院で行うケースもあります。

冒頭のゴールデンの場合だと、一般的にはがん性疼痛といった痛みが出てくるようになったり、悪液質といった代謝異常でどんどん痩せていくとか、食べれなくなってくる、という状況が予測できます。

また、がんも初期でまだ治せる段階でしたら、完治を目指しますが、すでに治らないステージだったり、かなり高齢の場合は、余生をどのようにするべきか?を提案するかもしれません。痛みを取るとか、その子が大好きな美味しいものを食べさせるにはどうするか、ということを飼い主さんと一緒に考えます。

積極的に治療を望まれない方には無理に治療をお勧めせず、全く治療を行わない場合は、やらない場合に起こり得るさまざまな問題も紹介するようにします。

飼主さんが、あとで後悔することが無いようにするのが、最後の日々のために大切なことだと思います」と教えてくれました。

■最後の日々を後悔しないために、今できること■最後の日々を後悔しないために、今できること

岡田先生は「残念ながらまだまだ病気が進行してからのご来院が多いのが現状です」と残念そう。それだけ動物の病気は、分かりにくいものなのでしょう。重篤のケースでも、信頼できるホームドクターと、最後の時をいつも通りに過ごすことができればこんなに幸せなことはありません。愛犬との終活を成功させるための、4つのアドバイスをいただきました。

・いろいろな場でうちの子を診てもらう

爪切りなどちょっとしたことでも、動物病院へ来院する頻度が多いと、スタッフの目に留まる機会も多くなります。その子の普段の状況をプロの目で見てもらうことができて、異常を察知してもらえます。岡田先生は、健康診断でなくても触ったり、体重測定をしたりして、変化がないかをどうか、飼い主さんと会話を交わすそうです。

トリミングなどで病気が見つかるケースも多いもの。いつもお世話になっている担当者がいる場合は、「いつもと違うところはありませんか?」と聞いてみて、気づいた問題点があれば、かかりつけの動物病院で相談してみると良いでしょう。

難しい病気でも、初期の段階であれば治るケースもあります。また、早い段階での治療は、愛犬にとっても負担が少なくてすみます。早い段階で病気をみつけるためにも、普段からのお手入れや健康診断はぜひ受けてもらって、異常があればすぐに治療できるようにお勧めします。

・リアルな獣医さんとの信頼関係を築く

最近はインターネットが発達して情報が蔓延しています。ネットの情報は当然のことですが玉石混合です。最後の時を迎える時に、信頼できる獣医さんとの関係は、とても重要です。「獣医の先生がああ言ったから」と後で考えることができれば、心の負担は大きく軽減されます。

岡田先生は「動物の専門家として、最終的に自分の意見は言うようにしています。でも、前述のとおり、ご家族はどう思うのか?が大前提です。私自身は、終活が必要な子には、動物にも家族にもなるべく負担がなく、自宅で普段の生活を送れるようにイメージしていて、それが私の中ではブレない信念です。かかりつけの先生にも、専門科の先生にも、そういうブレない信念のような部分が必ずあると思います。それに共感できるかどうかも、重要なポイントかもしれません」と言います。

・最後の時は、食欲から判断できることも多い

我慢強い子であれば、弱った姿は最後の最後まで見せようとしません。そういう意味では、病気と分かっている子や終活の子が、自分で食事をしなくなった、ということは、最後を迎える準備である可能性があります。

「食べなくなってしまったら、動物病院に相談するタイミングかもしれません。同時に苦しんでいなければいいのですが、中には処置が必要なケースもあります。自宅で看取りたいのか、それとも最期は見たくないと考えるか、かかりつけの先生とあらかじめ相談しておくといいと思います」(岡田先生)。

・夜間や休診時にあわてないための工夫

最近は働き方改革で動物病院のスタッフも残業できない環境になり、夜は早くに閉めざるを得ない病院も多くなりました。「動物病院が閉まっている時にどうしようか?」という問題を、かかりつけの先生と相談しておいた方が良いでしょう。いざという時にあわてない工夫のひとつです。

具体的なペットの終活に関して、岡田先生からたくさんのアドバイスをいただきました。最後の日を幸せに迎えるために、今からできることは多いことを教えていただきました。信頼できる獣医さんと、準備をしながらその日を受け入れたいと思います。

岡田響さん(ひびき動物病院院長)取材協力/岡田響さん(ひびき動物病院院長)
神奈川県横浜市磯子区洋光台6丁目2−17 南洋光ビル1F
電話:045-832-0390
http://www.hibiki-ah.com/

 

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

 

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