文/印南敦史
桐谷広人という名前に聞き覚えがないという人でも、“株主優待生活の人”と聞けば、「ああ、あの人か」とピンとくるかもしれない。
株主優待で送られてきた食料や服、日用品などを最大限に活用して楽しそうに生きるその姿は、テレビ番組でも幾度となく取り上げられているからだ。本業は将棋棋士だというが、そちらのイメージのほうが浸透しているのである。
『定年後も安心! 桐谷さんの株主優待生活 50歳から始めてこれだけおトク』(桐谷広人著、祥伝社)は、そんな氏の新刊。リタイア世代に向けて、「原資を目減りさせずに豊かな生活を送る方法」を紹介したものである。
総務省の「家計調査年報」によれば、夫婦が老後に必要とするお金は、平均で月に約28万円。25年で計算すれば8400万円に上ります。ましてや、100歳までとなったら、軽く億を超えてしまうではありませんか。あてにならない年金だけでその資金をまかなうのは、非常に難しいことは言うまでもありません。私たちはもっと積極的に老後資金の確保に動く必要があります。
そこで本書では、私自身が行っている「原資を目減りさせずに豊かな生活を送る法」をお伝えしていきます。その方法とは、ずばり「いい優待がついた株に分散投資する」というものです。リタイア世代にとって、これ以上の方法はないと私は確信しています。(本書「はじめに」より引用)
しかし、そうは言っても株には多少なりともリスキーなイメージがある。これまでの人生を振り返ってみても、「○○さんが株で破産したらしい」というような話は何度か耳にしたことがあるのではないだろうか。そのため、どうしてもギャンブル的なものとして考えてしまいがちだということである。
著者も、その点を否定しているわけではなく、「やりようによっては、株はリスキーです」と認めている。だが、それはあくまで値上がり益(キャピタルゲイン)を狙った株式投資の話。値上がりを期待して買った株が、思惑とは逆に値下がりするからこそ悲劇は起こるということだ。
一方、「株主優待」に着目した著者の手法は「危険度ほぼゼロ」なのだそうだ。なぜなら、そもそも優待に力を入れている企業の株は、価格が安定しているから。つまりは値動きの少ない堅実な株を、安い価格ですむ最小単位で購入し、株主優待だけはしっかり手に入れるという手法だというのである。
銘柄によっては配当(企業が得た利益の一部を株主へ還元するもの)も手にすることができ、思いのほか値上がりした銘柄を売って値上がり益で儲けることも可能。
しかし、なんといっても最大の魅力は優待。そして「超初心者ほど株主優待を始めるべき」だと強調する著者は、その理由として次の7つを挙げている。
1 株主優待は少額で始めれば始めるほどおトク
2 株主優待では、リスク分散するほどおトク
3 優待品には税金がかからない
4 株主優待のある銘柄は、暴落の心配が少ない
5 投資信託は意外に手数料がかかる
6 仮想通貨は税金が大変! ダメ、絶対
7 優待生活では、現金をほとんど使わない
(本書第1章「少額でも大きな存在感! 株主優待の魅力」より抜粋)
どれもとりたてて奇抜な発想ではなく、「考えてみればそのとおりだな」と思えることばかりだ。だからこそリスクを回避して手堅く利用すれば、意外なほどリスクは少ないということのようである。
そして、上記のなかでいちばん説得力を感じさせるのは、やはり7だろう。ここには、明かされる機会の少ない株主優待のメリットが凝縮されているからである。
私の財布は優待券でぱんぱんになっているけれど、現金はあまり入っていません。というのも、日々の生活において現金はほとんど必要としないからです。
かといって家に閉じこもって隠居生活を決め込んでいるわけではありません。同年代の男性たちよりも、ずっと活動的な日々を送っているつもりです。
私は年齢に似合わず、服も鞄も靴もたくさん持っているし、たびたび外食もします。映画もしょっちゅう観るし、スポーツクラブにも行きます。ただ、それらをほぼ優待でまかなっているために、現金支出の機会が極端に少ないのです。(本書32ページより抜粋)
現金を使うのはもっぱら小銭ばかりで、たとえば500円分の食事券を使って540円のランチを食べたとき、差額の40円を支払うといったレベル。衣類は下着からコートまで全部、優待で手に入れたもので、シャンプーやタオルなどの生活用品もすべて優待品。また優待にはカタログから好きなものを選べるタイプのものも多いので、上等なすきやき肉や海鮮も手に入るのだそうだ。
そのため、お金を出して買うのは野菜や豆腐などの生鮮食品くらいのもの。しかも支払いには、優待でもらったおこめ券(お米以外の商品購入にも使える)を使うため、支払いは端数の小銭のみ。
その小銭をいかに少なく抑えるかを考えながら買い物をするのが楽しみであり、2〜3円に抑えられたら満足度、達成感を味わえるのだという。
さすがに小銭の使用までをここまで細かくすることには、抵抗がある人もいるはずだ。外食もよくするとはいえ、それは優待券を発行している大手飲食店などに限られた話。そのため、節制ややりくりを楽しめないタイプの人には、必ずしも役に立つとは限らないかもしれない。
とはいえ著者も指摘しているとおり、これからは老後資金の確保について具体的に考える必要がある。そこで、本書のなかから「できそうなこと」「抵抗感のないこと」だけを抽出し、自身の生活に応用してみてはいかがだろう。
そうするだけで支出を減らすことができ、それをきっかけとして株主優待生活への関心が高まっていくことになるかもしれないのだから。
定年後も安心! 桐谷さんの株主優待生活 50歳から始めてこれだけおトク
桐谷広人著、祥伝社
四六判ソフト /212頁
2018年10月発売
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。