取材・文/坂口鈴香

「私も50代で認知症になるかもしれないよ」
末松隆久さん(仮名・55)は、44歳で遅い結婚をした。そのころ、妻の由紀さん(仮名・54)は末松さんにこんなことを伝えていた。
「うちの母は、50代で認知症になったの。だから、私も50代で認知症になるかもしれないよ」
そう聞いても、末松さんはそう重大なこととは思わなかった。
というのも、結婚したころ、義母は70代。認知症を発症してすでに20年以上経っていたが、身の回りのことは自分でできていたし、義父が付き添ってはいたが外出もできていたからだ。
「顔合わせのときに義母と話もしました。多少おかしなことは言っていましたが、そう深刻だとは思えませんでした。だから、妻が50代で認知症になったとしても、義母と同じくらいの症状なら大したことではないと軽く考えていたのです」
妻の“予言”どおり……
妻の“予言”は当たった。当たってしまった。
由紀さんが50歳を過ぎたある日、鉄道会社に勤務していた末松さんが夜勤明けで自宅に戻って眠ろうとしたときのことだった。「(午後)2時に起こして」と由紀さんに頼むと、由紀さんが「2時っていつ?」と聞いたのだ。
「14時のことだよ」と言っても、その「14時」が理解できない。
「そういえば、その前からメールの返事に1時間くらいかかっていました。異変は始まっていたんだと思います」と振り返る。
家事もせずに寝てばかりだったのも、認知症のせいだったのだろうと思い当たった。
「時間の感覚がないので、私が昼寝から起きても夕食の準備もしない。買い物にも行かない。『専業主婦なのに家事もしないのなら、一緒にいても意味がない。離婚しよう』と言って、離婚届に署名捺印して渡したこともあるほどでした」
冷静に受け止めていた妻
由紀さんを物忘れ外来に連れて行くと、若年性アルツハイマー型認知症だと診断された。医師からは、「ショックかもしれませんが」と由紀さんを気遣う言葉もかけられたというが、由紀さんは「母もそうだから」と冷静に受け止めているように見えた。
「当初は『前頭側頭型認知症』(※)と言われたのですが、その医師が難病指定医ではなかったので、担当が変更になりました。その際、この病気に詳しい大学病院を紹介され、そちらで『詳しく検査をしてもらったらどうか』と言われたんです」
紹介された大学病院では、遺伝子検査もしたという。
「意外なことに、認知症の遺伝子はないことが判明しました。ただ、アミロイドβが溜まっているので、アルツハイマー型認知症だと言われました。前頭側頭型認知症ではありませんでした」
ところが、義母が穏やかな認知症だったのと違い、由紀さんの症状の進行は速かった。否定された「前頭側頭型認知症」のような症状もあって、末松さんは苦しむことになった。
※前頭側頭型認知症:40代後半から60代ころの比較的若い世代に多いタイプの認知症。脳の一部である「前頭葉」や「側頭葉前方」の委縮がみられ、他の認知症にはみられにくい特徴的な症状を示します。「人格・社会性・言語」をつかさどる前頭葉、「記憶・聴覚・言語」をつかさどる側頭葉が正常に機能しなくなるため、「社会性の欠如」「抑制が効かなくなる」など、「人が変わったように見える」症状が現れます。
若年性認知症になり豹変した妻。限界だったが、妻のメモを発見して……【2】につづく。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。











