文/矢島裕紀彦

西郷隆盛のユーモアについて、同時代のジャーナリスト徳富蘇峰が書き残している。

「西郷翁にはユーモアというものがある。これは実に珍しい。(略)人間が何となく余裕があり、寛ぎがある」(『近世日本国民史』)

これに近いものを見せたのは勝海舟ぐらいだとして、蘇峰は江戸の無血開城の前日、高輪で会見した際に、ふたりが交わした会話を紹介している。

このとき、西郷が、「先生も今度はお困りであろう」と言ったのに対し、海舟は「お互いに地を換えて御覧なされ、尊君たりとも同様であろう」と返したというのである。ちょっと禅問答のような妙味が感じられる。

蘇峰はさらに、こんな逸話も紹介している。

あるとき、西郷隆盛が高島鞆之助を連れて大久保利通の屋敷を訪ねた。ところが、どうした経緯か、主客のいずれかに、何か機嫌を損ねることがあり、西郷らは早々に座を立って引き上げた。しかし、門を出るとき、西郷はふと高島を顧みて、「鞆どん、あの茶菓子に出たカステラは誠にうまそうであるから、あれを貰って来い」と言って高島を立ち戻らせ、座敷にそのまま置いてあった鉢に持ったカステラをひっさらって持ち帰ったという。

西郷と大久保の間に、何か緊迫したものが横たわっていたからこその対面早々の帰宅であったろうが、そこでなおかつ、西郷はカステラを持ち帰るユーモアを見せるのである。蘇峰はこの話を、高島鞆之助から直接聞いたという。

西郷が城山で最期を迎えるとき、別府晋介に告げた最期のことばにも、蘇峰は注目した。

「晋どん、もうここらでよかろう」
--西郷隆盛

蘇峰はこの言葉に西郷の体の奥底にあるユーモアを見て、こう記した。

「ユーモアの気分は、いかなる緊迫したる場合にも、人の心をして綽々余裕たらしめる。城山の陥落の時に、西郷が別府晋介に向かって、『晋どん、もうここらでよかろう』というて、彼を介錯させた時のごとき、いかにも面白き最期である。悲壮なる場面を、かくのごとく軽妙に終わりたるは、まことに珍しき死に際であったといわねばならぬ」

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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