文/矢島裕紀彦

勝海舟は西郷隆盛の人物の大きさについて、『氷川清話』の中で次のように語っている。

「西郷におよぶことのできないのは、その大胆識と大誠意とにあるのだ。おれの一言を信じて、たった一人で、江戸城に乗り込む。おれだってことに処して、多少の権謀を用いないこともないが、ただこの西郷の至誠は、おれをしてあい欺くことができなかった。このときに際して、小籌(しょうちゅう)浅略を事とするのは、かえってこの人のためにはらわたを見すかされるばかりだと思って、おれも至誠をもってこれに応じたから、江戸城受け渡しも、あのとおり立談(たちばなし)の間にすんだのさ」

西郷は大いなる誠意に満ちた「至誠」の人であり、なまじっかな気持ちで浅はかな謀(はかりごと)など仕掛けようものなら、腹の底や人間の小ささをたちまち見抜かれてしまうことになる。だから、勝も同じように誠意をもって対するしかなかった。江戸の無血開城がたちまちのうちに実現したのも、ひとえにこの西郷の至誠のためだったというのである。

西郷が遺した『南洲翁遺訓』の三五則に、次の一節が記されている。

「人に推すに公事至誠を以てせよ」
--西郷隆盛

人に対して、これはどうかと、何か提言しようとするときには、公平かつ誠実でなければならない、ということだろう。

この前段には、次のような一文が綴られる。

「人を籠絡して陰に事を謀る者は、好(よ)し其事を成し得る共、慧眼より之を見れば醜状著るしきぞ」

つまりは、人を言いくるめて陰で謀(はかりごと)をめぐらすような行ないは、たとえそれで事が成就したとしても、本質を見抜く目をもって見れば醜いことこの上ない、という意味。

勝海舟が西郷に感じとっていた「はらわたを見すかされる」ような恐ろしさは、まさに西郷の内面と符号していたのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。
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