新着記事

藤井聡太の挑戦状!さあこの詰将棋、解けますか?

文/編集部プロにとってもアマチュアにとっても、将棋の棋力アップに欠かせないのが「詰将棋」です…

【懐かしの母校食堂 第3回】武蔵高等学校中学校×好々亭と砂時計(東京・江古田)

文/鈴木隆祐武蔵生のソウルフード!江古田の洋食2大名店『好々亭』と『砂時計』 …

ウォーキングシューズを選ぶ時に気をつけたい3つのポイント

取材・文/わたなべあや春の日差しが温かく感じられる季節、外に出て体を動かしたくなりま…

前田利家の妻・芳春院まつの知られざる素顔【にっぽん歴史夜話3】

文/砂原浩太朗(小説家)加賀百万石の礎をきずいた武将・前田利家(1537?~1599)。その…

【夕刊サライ/コウケンテツ】「世代へ受け継ぐ味」一人前になるために、つくり続けたナムル(コウケンテツの料理コラム 第7回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。金…

巨大な一枚岩「ウルル」を見上げる2つの絶景遊歩道【オーストラリア・ノーザンテリトリーの魅力】[PR]

文/柳沢有紀夫(オーストラリア在住)世界の中心は、どこにあるのか? もちろん地球はほ…

京都・上賀茂神社でクラシック音楽を聴く「都のかなで」コンサートに2000名を招待[PR]

京都で最古のお社といわれ、世界文化遺産に登録されている「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」。この由…

病気予防の大ヒント!病気の発症・増悪をもたらす5大要素とは【予防医療の最前線】

文/中村康宏そもそも、どのようにして病気になるのか考えたことはありますか? 病気になる人の体…

【夕刊サライ/角田光代】スペイン・マドリッド:マラソンは旅するいいわけ【旅ラン3】(角田光代の旅行コラム 第7回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。木…

林忠彦と土門拳、写真界の巨匠2人が作品対決!《昭和の目撃者 林忠彦vs土門拳》展

文/編集部ともに戦前に報道写真家として出発した林忠彦(はやし・ただひこ、1918~1990)…

サライ最新号

ピックアップ記事

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

「年を取る前に何か好きなことを一つこさえとけ」(横溝正史)【漱石と明治人のことば352】

sousekiKotobaBanner2

文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「年がいって、子供だ、孫だとそういうことばっかりにかまけていたら面白くないよ。何か好きなことを一つこさえとけ」
--横溝正史

推理作家の横溝正史が、妻の孝子夫人に語ったことばである。夫人はこのことばによって俳句をはじめた。次に掲げるのは、孝子夫人が夫との暮らしや夫への思いを詠んだ数句。

「冬籠る夫の火桶のさし煙草」
「医を拒む夫の寝酒は量へらず」
「稿終へし夫と惜しめり散る桜」
「寒夜ふと亡き夫が呼ぶ声に覚め」

横溝正史は明治35年(1902)神戸に生まれた。大阪薬学専門学校を卒業後、薬局を営みながら創作や翻訳を手がけていたが、江戸川乱歩の電報一本の誘いで上京して博文館に入社し、雑誌『新青年』の編集者となった。

上京時、横溝は新婚ほやほやだったが、月給袋を夫人に渡したことがなかったという。月給日には仲間の誰彼が博文館に押しかけてきて、横溝は彼らを引き連れて銀座、浅草、新宿と明け方近くまで飲み歩く。挙げ句、月給袋はカラになるから、米屋や酒屋はツケ払いとなる。そのツケを払うため、横溝は月末になると大急ぎで原稿を書く。それも、家には机もないため蒲団に寝そべって書く。そんな夫の姿を見ながら、夫人は「こんなことをしなければ暮らせないのか」と、情けない思いで、涙が止まらなかったという。

ある年の夏、避暑をかねて鎌倉に家を借り家族で移り住んだ。ひと夏だけのつもりが東京へ帰る金がなく、そのまま鎌倉に居ついた。横溝は鎌倉から博文館に通ったが、月給日には銀座で飲んで、横浜に途中下車してまた飲んで、そのあと電車で寝てしまって鎌倉を通り越して横須賀で降ろされる。横須賀駅前の、乗り越し客向けの旅館が行きつけになっていた。

昭和7年(1932)、横溝は博文館を退社し筆一本の生活に入った。ところが翌年、結核のため喀血。信州の富士見療養所での療養、さらに諏訪に転地して静養する。その間、江戸川乱歩や森下雨村、水谷準といった先輩や仲間の援助に支えられながら、少しずつコツコツと原稿を書き進める日々だった。『鬼火』『蔵の中』『夜光虫』などの中短篇がこの時期に紡ぎ出された。

戦争末期には岡山県吉備郡岡田村(現・倉敷市真備町)に疎開した。戦後、昭和23年(1948)8月まで続いた岡山暮らしの中で、仲よくなった地元の人たちから聞いた話をヒントにして生まれたのが、本格探偵小説の『本陣殺人事件』『獄門島』『蝶々殺人事件』『八つ墓村』の4篇だった。このうち、『本陣殺人事件』は第1回探偵作家クラブ賞に輝いている。

昭和50年(1975)前後、作品の映像化とともに、横溝正史の大ブームが巻き起こった。角川文庫版の横溝作品の発行部数は総計5500万部に達したといわれ、名探偵・金田一耕助は誰もが知る存在となった。

ブームを受け、横溝は『病院坂の首縊りの家』『悪霊島』といった新作も書いた。昭和56年(1981)12月、79歳で病没。夫人が机辺を整理してみると、まだ書きたい小説の題が、ふたつ残されていたという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

「サライおみくじ」で今日の運勢をチェック!おみくじには「漱石と明治人のことば」からの選りすぐりの名言が表示されます。どの言葉が出てくるか、クリックしてお試しください。
↓↓↓

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 「秋立つや一巻の書の読み残し」(夏目漱石)【漱石と明治人のことば…
  2. 「年の暮れには追憶を、年の初めには希望を」(幸田露伴)【漱石と明…
  3. 「見果てねど はた見あきねど我が夢は 四十余年の夢多き日々」(滝…
  4. 「子供のために一流の文学者が進んで執筆しなければ嘘だ」(鈴木三重…
  5. 最晩年の谷崎潤一郎が愛する風景を詠んだ歌【漱石と明治人のことば3…
PAGE TOP