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「わしはゴルフしながらも、常に構想を練っとるんだ」(丹羽文雄)【漱石と明治人のことば350】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「わしはゴルフしながらも、常に小説の構想を練っとるんだ」
--丹羽文雄

作家の丹羽文雄は明治37年(1904)、三重県四日市の寺の長男として生まれた。4歳のとき母親が家出。この母への思慕と追憶が、丹羽文学の出発点といわれる。子供の立場から親を描いた『鮎』や、マダムものといわれる風俗小説、老人問題に迫った『厭がらせの年齢』、『親鸞』などの宗教文学と、旺盛な活躍を見せた。とくに女を書かせたら天下一品といわれた。

丹羽文雄は、敗戦前まではいつも和服を着ていた。自宅ではもちろん、外出時も和服と下駄で通していた。戦後しばらくして、時勢の流れから、外出するときには洋服を着るようになったが、初めて靴をはいて外に出たときの違和感を、「足袋はだしで歩いとるような気がしたわ」と語るほどだった。

また、執筆のスタイルは夜型。夜通し執筆して明け方に寝る。担当編集者も午前中の訪問は避け、午後2時以降に訪問するのが常だった。あまり日光をあびることがないため色も白く、顔はふっくらとして太り気味、体の線はどこか女性的で美男のため、「文壇の長谷川一夫」とも呼ばれていた。

そんな丹羽文雄がゴルフをはじめたのは、51歳のときだった。すぐに夢中になり、6年後にはハンディキャップ一桁の、いわゆるシングルプレーヤーになった。

そうなると、ライフスタイルや容貌も激変した。顔は日焼けして体も引き締まり、精悍な山男のようになった。早起きも苦にせず、ポロシャツにスラックスという姿が絵になった。あるとき、丹羽の小説にこんな一行が出現して、編集者を仰天させた。

「隠居所から松林までは、七、八ヤード離れている」

それまで尺貫法で記述していた原稿が、メートル法を飛び越え、ゴルフで使われるヤードになった。知らぬ間に、その表現が一番自分の肌感覚で掴めるほどになっていたのだった。
以前は締め切りに遅れたことのない丹羽だったが、ゴルフをはじめてからは、ともすると遅れ気味になり、「ゴルフに熱中するから締め切りに遅れるんです。ゴルフを少し控えたらいかがでしょう」と苦言を呈する編集者もあらわれた。丹羽はそんなとき、こう返答した。

「何言うとんのや。机の前に座っとったら小説が出来るというもんやないよ。わしはゴルフしながらも、常に小説の構想を練っとるんだ」

やがて丹羽に誘われて自身もゴルフをはじめたこの編集者は、ゴルフのプレー中はゴルフに集中して、他のことを考える余裕などないことを悟ったという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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