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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「君は知つてゐるか/全力で働いて頭の疲れたあとで飯を食ふ喜びを/赤ん坊が乳を呑む時、涙ぐむやうに/冷たい飯を頬張ると、/余りのうまさに自ら笑ひが頬を崩し/眼に涙が浮ぶのを知つてゐるか」
--千家元麿

白樺派の詩人として知られる千家元麿は、明治21年(1888)東京に生まれた。父親は男爵・千家尊福であった。

千家尊福は出雲大社の宮司の家に生まれながら、家職を弟に譲って官界入り。埼玉や静岡の県知事を経て、東京府知事をつとめていた。そのため息子の元麿も、少年期の過半を芝公園の東京府知事官邸で過ごした。広々した庭園の中に、ヨーロッパの古城を思わせるような煉瓦づくりの洋館と寺院風の日本館の並び建つ、宏壮なお屋敷であった。

そんな貴族階級然とした暮らしを、元麿は平然と捨て去った。学業を抛擲(ほうてき)し芸術仲間と交流。親の反対を押し切り、家の女中だった赤沢千代子と結婚し、下宿、旅館、借家などを転々とする生活に入った。

「引っ越し魔」ともいわれた。転居したと聞いてそこを訪ねると、すでにどこかへ移り住んでいることさえあった。最短では、わずか2時間住んだだけで、次の家へ転居したこともあるらしい。

元麿は、どん底の貧窮暮らしも意に介さなかった。自称「楽園の詩人」。天真爛漫の詩想にあふれていた。自分の身の回りで起こる日常茶飯の瑣末な出来事の中に、美や善や力強さを見出し、それを童子さながらの無邪気な感動のままに歌いあげる。言葉選びに呻吟することも、推敲を重ねることとも無縁であった。

掲出のことばも、そんな素朴な詩作品のひとつより。タイトルは『飯』。

「君は知つてゐるか/全力で働いて頭の疲れたあとで飯を食ふ喜びを/赤ん坊が乳を呑む時、涙ぐむやうに/冷たい飯を頬張ると、/余りのうまさに自ら笑ひが頬を崩し/眼に涙が浮ぶのを知つてゐるか/うまいものを食ふ喜びを知つてゐるか/全身で働いたあとで飯を食ふ喜び/自分は心から感謝する。」(『飯』)

他にも、たとえば、次のような詩を紡いでいる。

「ちよつとしたことで/すぐ悦ぶ/妻や子供だ/悦ばしてやりたし」(『ちよつとしたことで』)

「星よ/地球の友達よ/君達の方にも人類はゐますか/君達の方の生活はどうですか」(『星よ』)

「これが人の世か/静かに梅が咲いてゐる」(『梅』)

こんな逸話もある。あるとき元麿が友人と連れ立って神田界隈を散歩していると、友人が「いま金があればいいね。浅草に遊びに行くんだが」と言い出した。元麿はその場に立ち止まって煙草の箱を広げ、友人に借りた鉛筆で詩を書きつけ、近くの出版社に持ち込んだ。即興の詩をその場で金に替えたのである。

ちょっと脱線気味のところもあったが、根が無雑な好人物。高熱で苦しんでいても、周囲にはそんな素振りを見せなかった。最期となる日も、肺炎で病床にいながら友人と普段と変わらぬ様子で会話を交わした。友が帰りかけ、傘を忘れて取りに戻ったのを、元麿の息子が一緒に送って出て、五分ほどで帰宅したら、事切れていたという。60年に満たぬ生涯だった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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