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「家は十坪、庭は三坪、それでも青空を仰ぎ永遠を思うに足る」(徳冨蘆花)【漱石と明治人のことば314】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「家は十坪に過ぎず、庭は唯三坪。誰か云う、狭くして且(かつ)陋(ろう)なりと。家陋なりと雖(いえ)ども、膝を容る可く、庭狭きも碧空仰ぐ可く、歩して永遠を思うに足る」
--徳冨蘆花

東京郊外で、「美的百姓」の生活を送ったことで知られる作家・徳冨蘆花のことばである(『自然と人生』より)。

わずか10坪(約33平米)の古い家でも寝起きするには十分だし、3坪(約10平米)ほどの庭があれば、青い空を仰ぎ、思いを「永遠」に馳せることもできる、というのである。

徳冨蘆花は明治元年10月(1868年12月)の生まれ。本名は徳富健次郎。幼児から秀才の兄への劣等感に悩んだが、明治31年(1898)に発表した『不如帰(ほととぎす)』がベストセラーとなり、作家としての地位を確立した。

徳冨蘆花は多情多恨の人でもあった。あるときは『謀叛論』なる著作をまとめ、

「諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である」と過激な物言いをした。劣等感の裏返しなのか、兄で新聞人の徳富蘇峰と絶縁したこともあった。

一方で蘆花は、妻の愛子を溺愛し、時に度外れた嫉妬心を露にした。徳富蘇峰がその著『弟 徳冨蘆花』の中にこう綴っている。

「蘆花弟自身が日本一の好男子と自覚して居たや否やは、予は固(もと)より之(これ)を知らない。けれども其の夫人を日本一の美人と考えて居た事は間違いあるまい。(略)それで蘆花弟は我が愛する夫人に、何人も一指を触るる事を許さなかった」

こんな逸話もある。臨終間際の60歳の病床にあっても、蘆花は相変わらずの嫉妬深さと独占欲を発揮。自分の病の往診にやってくる医師の、妻・愛子を見る目つきが油断ならないと言い出し、愛子と激しい口論になったというのである。

この愛子は女子高等師範学校出身の才女。徳冨蘆花の作品づくりにも内助の功を発揮した。『不如帰』のヒロインの浪子の手紙の文面も、すべて愛子の手になるものだったというのである。

私は以前、徳富兄弟の足跡を求めて、熊本市大江の徳富記念園を訪れたことがある。園内には徳富兄弟の育った旧家や資料を展示する記念館も設けられていたのだが、そこには愛子遺愛のものだという雛人形も残されていた。見るからに端整な美男美女。生前の蘆花・愛子夫妻の面影を偲ばせるものがあった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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