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「女子のつまらない国は衰えます」(広岡浅子)【漱石と明治人のことば305】

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文/矢島裕紀彦
今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「女も人であれば、社会を形成する一員であります。ゆえにこれを人として教育せぬと間違いでしょう。昔から国の存亡荒廃の跡をたずねてみますと、女子のつまらない国は衰えます」
--広岡浅子

広岡浅子は数年前のNHKの連続テレビ小説(朝ドラ)『あさが来た』のモデル。嘉永2年(1849)、京都の三井家に生まれた。知的好奇心が強く学問が大好きだったが、「女子に教育は不要」とされた時代にあって周囲がこれを許そうとしない。男の子たちのする四書五経の素読にひそかに耳を傾けたりしていたが、13歳の折にとうとう一切の読書を禁じられたという。

17歳となった慶応元年(1865)、かねてから婚約していた大阪の豪商・加島屋の次男に嫁いだところから、本領を発揮。そのじゃじゃ馬ぶりで一家の命運を背負い、時代の荒波を乗り切っていく。女だてらにピストルを懐に炭鉱へ乗り込み、新しい事業を軌道にのせ、さらには今日の大同生命の基礎を築いた。

そんな広岡浅子が成瀬仁蔵に出会ったのは明治28年(1895)のことだった。成瀬は以前から女子教育の大切さを感じていた。米国留学ののち、ぜひとも女子大を設立したい思いを抱き、『女子教育』という著作を書き上げ関係者に閲覧と賛同を求めていた。そんな折、紹介してくれる人があって、浅子にも自著を渡し応援を願い出たのである。

浅子はこの本を、福岡の炭鉱へ出張していたときに読んだ。涙が出るほど感動した。浅子はのちにこう書いている。

「これこそ私が少女時代から、寸時も念頭を離れなかった我が国女子を哀れな境遇から救わんとの熱望を果たさるべき光明であるかのように覚えました。(略)断然意を決し、日本女子大学校発起者に加名するの栄誉を担いました」(『一週一信』)

反対の声も多く、ことは簡単には運ばなかったが、浅子も成瀬も投げ出さなかった。やがて大隈重信、渋沢栄一といった政財界の大物の支援も得て、ふたりの出会いから6年目となる明治34年(1901)、とうとう日本女子大学校(のちの日本女子大学)の誕生にこぎ着けたのである。

掲出のことばは、その創立に際し、日本女子大の講堂で来賓や学生の前で語った演説の一部。『余と本校との関係を述べて生徒諸子に告ぐ』と題するこの演説で、浅子はこうも述べた。

「なぜに女は男のすることをしてはいけないのか? 考えれば考えるほど、一向にわけがわからないだけでなく、かえって男のすることでも女がしても宜しいことがたくさんあるという確かな理由を見いだしました。その理由とは、男女は能力や度胸においては格別の違いはありません」

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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