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「名言とは、古来なによりの心の糧だった」(古谷綱武)【漱石と明治人のことば359】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「心ある人たちが、人生の名言というものを、なによりの心の糧として求めつづけてきたということはたしかに理由のあることだったのである」
--古谷綱武

評論家の古谷綱武の父親は外交官だった。そのため、ベルギーで生まれた。明治41年(1908)のことだった。子供の頃、キリスト教の日曜学校に通っていて、いつも帰りがけに1枚のカードをもらった。そこには、花や風景のイラストとともに、「心の貧しき者はさいわいなり」といった聖書のことばが金言として印刷されていた。それを集めるのが古谷少年の楽しみであった。

一方で古谷少年は、名言集の類を読むのが好きで、そのときの自分の心にぴったりと響いてくることばに出会うと、画用紙を切ったものに丁寧に書き取り、机の前の壁に貼っていたという。

少し年を重ね、読書好きな中学生となってさまざまな本を読んでいくと、とくに名言とか金言とかことわっていない文章の中のことばに、自分の心に、そこだけ浮き出て、しみ入ってくるような章句がちりばめられているのを発見するようになった。古谷はただ読み過ごしてしまうのが惜しい気がして、その章句を大学ノートに抜き書きした。愛媛・宇和島の中学時代にそうしたノートが7冊、8冊とたまっていった。古谷はそれをかけがえのない宝物のようにしていたという。

その後、上京した古谷は、青山学院を経て、成城高校(現・成城大)に学ぶが、「文学をやるのに学歴は必要ない」と、卒業2週間前に退学。同級だった大岡昇平や、同人雑誌仲間の河上徹太郎、中原中也らと交遊しながら、谷川徹三に師事した。『横光利一』『川端康成』などの文芸評論を手がける傍ら、戦後は女性評論や人生論関係の著作を多く書いた。

掲出のことばは、そんな古谷綱武が若い人たちのためにまとめた著書『文学名言集』のあとがきに書きつけたもの。古谷はこうも綴っている。

「じっさい、よい言葉にめぐりあったことが、その人の人生開眼のきっかけになったり、また、その人の生きかたを決定したり、あるいはまた、その言葉にめぐりあったことが、その人が人生の危機をのりきるための力となったりしたことは、すでに、多くの人たちが、深い感動をもって書きとめていることである」

古谷自身も終生、「ことばの力」を信じて、多くの著作を紡ぎつづけたのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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