取材・文/池田充枝
世界に知られる浮世絵師、葛飾北斎(かつしか・ほくさい)が生まれたのは江戸時代中期にあたる宝暦10年(1760)、没年は江戸時代末期の嘉永2年(1849)。没年は数え年で90歳という、当時にあっては驚くべき長寿でした。
「The Great Wave」の名で知られる代表作の《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》は、構図の斬新さ、デザイン性、一瞬を捉えた迫力で、世界的に有名な作品のひとつです。
富士山は、北斎にとって大自然の象徴であり、超絶なるものの象徴でした。70歳を過ぎて生み出した「富嶽三十六景」シリーズは、妻の死や自身の病気、孫の逸脱行為による経済的困窮など、さまざまな苦難を経験した北斎にとって、画家としてのキャリアを復活させるきっかけとなりました。
「私の作品で70歳以前に描かれたものは取るに足りない。80歳になればさらに進化し、90歳になればその奥義を極め、100歳になれば神の域に達す」(『富嶽百景』)と綴っている北斎。88歳から90歳までの最晩年の肉筆画には「百」の印章を押しています。また亡くなる直前に、「天があと5年命をくれたら、真正の絵師になれただろうに」と語っています。
「百」の印を押して、画家として神の域に達することをめざした北斎がたどり着こうとした高みとはどんなものだったのでしょうか。
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さて、そんな葛飾北斎の大規模な展覧会「北斎-富士を超えて-」展が、大阪のあべのハルカス美術館で開催されています(~2017年11月19日まで)。大英博物館とあべのハルカス美術館の国際共同プロジェクトによる展覧会です。
本展は、ゴッホやモネにも影響を与え、日本を象徴する芸術家として世界で認められる北斎の、60歳から晩年までの30年間に焦点をあて、肉筆画を中心にした約200点から北斎が追い求めた世界に迫ります。
本展の見どころをあべのハルカス美術館の館長、浅野秀剛さんにうかがいました。
「北斎は88歳になると、「百」と刻した印章を用いるようになりました。百歳までは生きる、そして神に近づく、という決意と思われます。そこで私は秘かに、88歳から90歳で亡くなるまでの足掛け3年を“「百」印の時代”と呼んでいます。
本展の最後の章「神の領域」は、「百」印を持つ肉筆画だけで構成されています。その章には、現在確認される45点ほどの「百」印作品のうち、選りすぐりの15点が展示されます。
近年双福と確認された《雲龍図》(ギメ美術館蔵)と《雨中の虎図》(太田記念美術館蔵、最初の一週間だけ展示)も久々に並んで展示されます。《李白観瀑図》(ボストン美術館蔵)の滝と、《雨中の虎図》の雨の線が、定規を用いているのかいないのかを比較するのも面白いと思います。
嘉永2年の「正月辰ノ日」と記された《富士越龍図》(北斎館蔵、前期展示)と、同じ年の「寅ノ月(正月)」と記された《雪中虎図》(個人蔵)は、ずいぶん筆勢が衰えている(北斎が衰弱している)と思いましたが、最も感銘を受けたのも事実です。《富士越龍図》の龍は、富士を超えて昇る龍に自身を投影しているように思われ、《雪中虎図》も現実の虎ではなく天を見つめ虚空をさまよう虎です。北斎自身が虎と化し、大いなる天上に向かって宙をゆったりと泳いでいます。
2図とも静かな世界で、百歳まではと願いましたが、ついに力が尽きかけ、死期を悟った北斎が、自らの生を異次元の龍と虎に託した、とでもいえるような超現実の世界がそこにあります。
70代前半の「富嶽三十六景」に代表される版画と、最晩年の肉筆画の両方を堪能できるのが本展の最大の魅力です」
創作への凄まじい執念で創作だけに生きた北斎。そのひたむきな魂にふれることのできる展覧会に、ぜひ足をお運びください。
【展覧会概要】
『大英博物館 国際共同プロジェクト 北斎-富士を超えて-』
■会期:2017年10月6日(金)~11月19日(日)※会期中展示替えあり
■会場:あべのハルカス美術館
■住所:大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階
■電話番号:06・4399・9050
■Webサイト:http://hokusai2017.com/
■開館時間:火~金曜日は10時から20時まで、月・土・日・祝日は18時まで(入館は閉館 30分前まで)
■休館日:10月10日(火)、16日(月、23日(月)、30日(月)、31日(火)
取材・文/池田充枝
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