取材・文/藤田麻希
遠景の富士山の手前に巨大な浪を描いた、「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」で、日本のみならず世界的にも有名な浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)。もっぱら富士山のイメージが強いですが、じつは、北斎はさまざまなジャンルの作品に挑戦しています。
北斎は美人画の名手でもあります。こちらはアメリカにあるシンシナティ美術館所蔵の肉筆浮世絵。町家の娘とおぼしき女性が、手元の冊子に見入っています。頭髪は複数種の墨を使って一本一本丁寧に、着物や髪飾りの絞りの模様まで丹念に描かれています。
花鳥画も北斎の得意とするところ。名所や遊女、役者などが主なテーマであった浮世絵の世界に、花鳥画のジャンルが登場したのは、錦絵が誕生してから50年以上も経過した、天保年間(1830~44)の頃だと言われています。この花鳥画は天保年間に出版されたシリーズの1枚です。北斎が果敢に新しい画題に挑戦しようとしていたことが想像できます。
こちらは、パーツを切り抜いて組み立てる「組上絵」の一種(写真は組み立て後の様子)。風呂屋の内部と店先がジオラマのように表されています。浮世絵には鑑賞するものだけでなく、このような組上絵や双六など、遊べるものもありました。
人気絵師・北斎のもとには、地方からも仕事の依頼が舞い込みます。あるとき北斎は、関西方面へ旅し、名古屋在住の門下生を尋ね、絵を指導するために絵手本を描きました。それに目をつけた版元が出版したのが『北斎漫画』です。当初は絵手本として描かれたものですが、弟子だけではなく、一般読者にも好まれ大ヒット。1冊で完結するはずの予定は大幅に変わり、北斎の死後まで計15冊刊行されました。
北斎は背筋が凍るようなお化けの絵も残しています。こちらは夜に人々が集まって交代で怪談を100話語る「百物語」を題材にしたもの。妻に殺された小平二が無残な姿で蚊帳を覗き見ています。肉や頭髪が残っているのが生々しく、恐怖を煽ります。
このような、北斎の多彩な画業を紹介する「新・北斎展 HOKUSAI UPDATED」が、六本木で開催されています。この展覧会は、北斎研究の第一人者で昨年お亡くなりになった永田生慈さんが監修したもので、出品作の7割近くが、永田さんが私財を投げ売って集めたコレクションです。永田さんの遺志を継ぐかたちでキュレーションをした根岸美佳さんは、次のように展覧会について説明しています。
「本展は永田生慈先生が10年以上前から温めてきた企画です。平成に入ってからの30年間で北斎の研究がどこまで進んだのか、新発見、再発見、初公開の作品を交えて、紹介します。
一般的に北斎といいますと波の絵や赤い富士山の絵が思い浮かぶと思うのですが、北斎の絵はそれだけではありません。絵のスタイル、画法や技法を変え、つねに自分のスタイルをアップデートしました。展示を見れば、必ずしも若い頃から絵がうまかったわけではなく、冨嶽三十六景に至るまでに、北斎がどれだけ努力をしていたのかおわかりになるかと思います。今回の展覧会を通じて、一つでも二つでも、新しい北斎像を感じていただけましたら幸いです」
永田さんの北斎コレクションは、この展覧会が終わった後は、故人の遺志により故郷の島根県内のみで公開される予定です。東京で見られるのはこれが最後のチャンス。お見逃しのないようお出かけください。
【新・北斎展 HOKUSAI UPDATED】
■会期:2019年1月17日(木)〜3月24日(日)
※ 会期中、展示替えがあります
■会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ 森タワー52階)
■住所:〒106-6150 東京都港区六本木 6‐10‐1)
■電話番号:03-5777-8600 (ハローダイヤル)
■展覧会公式サイト:https://hokusai2019.jp/
■開館時間:10:00~20:00、火曜日のみ17:00まで (最終入館は閉館の 30 分前まで)
■休館日:1月29日(火)、2月19日(火)、2月20日(水)、3月5日(火)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』