取材・文/池田充枝

江戸時代は、大名から町人まで幅広い層の人々が植物に関心を寄せ、園芸文化が花開いた時代です。愛玩の対象としてはもとより、専門家から素人まで新しい品種の改良に熱心で、数々の園芸品種が生み出されました。

そして、その指南書となった多色摺りの図入り園芸書も続々と出版され、自慢の一鉢を刷り物にしたものも出回りました。

ことに江戸の街では、大名は江戸屋敷の広大な庭園で、庭をもたない町民は鉢物で花木を育てて楽しんでいました。そのさまを、幕末に来日した植物学者でプラントハンターのロバート・フォーチュンは、その著書『幕末日本探訪記-江戸と北京』で「花を愛する国民性が、人間の文化的レベルの高さを証明するものであるならば、日本の庶民はイギリスの庶民と比べるとずっと勝っている」と述べ、世界一の植木屋密集地帯、染井・巣鴨周辺や一大庭園と化していた向島などを紹介しています。

江戸の園芸文化は、世界に冠たるイギリスの植物学者が称賛するほどのものだったのです。そんな江戸の園芸文化を象徴するような存在が、盆栽好きで知られた江戸の人気役者・三代目尾上菊五郎〔おのえ・きくごろう、天明4年(1784)~嘉永2年(1849)〕です。

歌川国貞《見立絵兄弟 玄徳風雪訪孔明》〔天保10年(1839)頃 個人蔵〕全期展示

いま埼玉県のさいたま市大宮盆栽美術館では、そんな尾上菊五郎の植物趣味を中心に、江戸の植木屋事情を紹介するユニークな展覧会が「三代目尾上菊五郎改メ、植木屋松五郎!? ―千両役者は盆栽狂」が開かれています。(~2017年11月29日まで)

本展では、「謎の植木屋《菊屋》をさぐる~浮世絵師の暗号(コード)」「魅惑の江戸園芸~植木好きの温床」「人気役者勢揃い~植木屋で登場」「三代目の正体~千両役者は盆栽狂」「エピローグ~好敵手(ライバル)・七代目市川団十郎の“松切り”」という興味深い構成で、江戸の園芸文化を紹介します。

歌川国貞《きくのさかゑ》〔弘化4年-嘉永5年(1847-1852)頃 個人蔵〕前期展示

本展の見どころを、さいたま市大宮盆栽美術館の学芸員、田口文哉さんにうかがいました。

「江戸時代後期の人気歌舞伎役者・三代目尾上菊五郎には、実は大の「盆栽好き」としての横顔がありました。本展に出品する浮世絵版画や、三代目が著した戯作本には、みごとな鉢植えを座右に飾る姿が描かれています。さらにはまた、菊五郎が楽屋に持ち込んだ、米粒ほどの大きさで描かれた鉢植えを発見することもできます。

しかし、どうやら三代目の盆栽好きは、単なる趣味の域には留まらなかったようです。30代半ばには、向島の寺島村(※現東京都墨田区。本地名より、明治時代に5代目菊五郎が寺島姓を名乗ることになります)に、植木屋「松の隠居」を名乗り、別荘を構えます。一時的に役者を引退したときには、“役者をやめて植木屋にならるるという噂ゆえ、惜しいことじゃと…”といった街の声も聞かれました。三代目は、なんと皆が知る植木屋稼業の役者でもあったのです。

本展覧会では、三代目尾上菊五郎の盆栽趣味と植木屋としての横顔に、江戸時代の園芸文化の高まりを背景とした、浮世絵版画をはじめとする資料をふまえて迫っていきます。

この世界への入り口として、展覧会ではまず「菊屋」という謎の植木屋を描いた浮世絵版画を読み解いていきます。描かれた群集の中に、どうやら植木屋としての三代目の姿が描きこまれているかもしれないのです。浮世絵師が巧みに仕掛けた謎を解き、植木屋「寺島の松の隠居」こと、三代目尾上菊五郎の素顔に迫ります」

歌川国貞《梅幸住居雪の景》〔文政6年(1823)個人蔵〕前期展示

BONSAIの街として世界中の愛好者が集まる緑あふれる地区に立つ美術館で、三代目尾上菊五郎の盆栽趣味にひたるのも粋な時間です。ぜひ足をお運びください。

【展覧会情報】
『三代目尾上菊五郎改メ、植木屋松五郎!? ―千両役者は盆栽狂』
■会場:さいたま市大宮盆栽美術館 企画展示室
http://www.bonsai-art-museum.jp

■会期:2017年10月7日(土)~11月29日(水)※前期~10月31日(火)、後期 11月3日(金祝)~11月29日(水)
■住所:埼玉県さいたま市北区土呂町2-24-3
■電話番号:048・780・2091
■開館時間:3月~10月は9時から16時30分まで、11月~2月は9時から16時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日:木曜(ただし11月23日は開館)
※11月1日(水)は展示替えのため本展示室のみ閉室

取材・文/池田充枝

 

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