文・絵/牧野良幸
今回ご紹介する『おとうと』は、市川崑監督の1960年の作品。「銀残し」という手法で現像されているので、カラー映画でありながらレトロな色調だ。
また監督のこだわりであろう、光線が暗い影の部分には黒がたっぷりとのっている。大正時代の東京下町の暮らしぶりが、屋内の暗さでことのほか感じる。
主要な登場人物は4人。女子学生のげん(岸恵子)とその弟碧郎(へきろう、川口浩)。二人の父親である小説家(森雅之)と継母(田中絹代)だ。
本作『おとうと』は、ズバリ、げんを演じる岸恵子の魅力を堪能する映画だ(と僕は思う)。
当時、岸恵子は20代後半。『君の名は』で一躍スターとなったあと、フランス人の映画監督と国際結婚ずみで、女子学生役には多少無理のある年齢である。
にもかかわらず映画が始まれば、岸恵子が女子学生に見えるか見えないか、そんなことはどうでもいい問題となる。男としては、げんが姉として、そして母親がわりとして見せる母性にウットリするからだ。岸恵子の甘い声が女性らしさをさらに際立たせる。
「げんのようなお姉さんがいたらいいなあ」と思う男は僕だけではないだろう。色っぽくて美人、男まさりだけれど時にヌケている、そしていつも優しいお姉さん。
不良の碧郎に注意を払う刑事や近くに住むの労働者など、男性はみんなげんにメロメロだが、碧郎だけは弟だけあって女性として見ない。もったいないと言うべきか、うらやましいと言うべきか、なにかと姉につっかかり、ついに取っ組み合いまでしてしまう。
「バカヤロ! 弟やらの分際で姉さんにむかって。これでもか!」とげんは碧郎に馬乗りになる。この場面を見て、またも碧郎をうらやましく思う。本当に仲のいい姉弟なのだ。
しかし僕がげんを魅力的に思うのは、演じているのが岸恵子だからという理由だけではない(本当です)。父親役の森雅之と継母役の田中絹代。日本映画を間違いなく代表する二人が脇を固めているから、げんの明るさが際立つのだと思う。
父親と継母はずっと重く陰鬱である。特に継母は、げんとは対照的に、そして残酷なくらい女性としての輝きを失っている。これも田中絹代という大女優が演じてこそ、であろう。
では碧郎を演ずる川口浩だけが3人に圧倒されているか言うと、そうとも言えない。碧郎の最期がいとも哀しいのは川口浩の醸し出す素朴さによるものである。『おとうと』というタイトルどおり、映画の背骨となっていたのはこの碧郎であったと今さらながらラストで気づくのである。
【今日の面白すぎる日本映画】
『おとうと』
■製作年:1960年
■製作・配給:大映
■カラー/98分
■キャスト/ 岸恵子、川口浩、田中絹代、森雅之、仲谷昇、浜村純、岸田今日子ほか
■スタッフ/監督:市川崑、脚本:水木洋子、原作:幸田文、音楽:芥川也寸志
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp