今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「文法を習ったからといって、それがため会話が上手にはなれず、文法は不得意でも話は達者にもやれる通弁などいうものもあって、その方が実際役に立つ」
--夏目漱石

英語教師として長く教壇にも立った夏目漱石が、評論『中味と形式』の中に綴ったことばである。英語学習における文法という授業に対し、漱石自身がその実用性の希薄さを指摘したことばでもあったろうか。「通弁」は今でいう通訳のこと。

英語の読解力に関しては、漱石はこんなことを言っている。

「英語を修むる青年はある程度まで修めたら辞書を引かないで無茶苦茶に英書をたんと読むがよい。少し解らない節があってそこは飛ばして読んでいっても、ドシドシと読書してゆくとしまいには解るようになる。また前後の関係でも了解せられる。それでも解らないのは滅多に出ない文字である。要するに、英語を学ぶものは日本人がちょうど国語を学ぶような状態に自然的慣習によってやるがよい。即ち、幾遍となく繰り返し繰り返しするがよい」(『現代読書法』)

現代は国際化の時代といわれる。ときには「英語を日本の公用語にすべきだ」などという極論まで聞こえてこないではない。しかし、こうした極論の出現は、なにも今に始まったことではない。文明開化の明治にも、同様の言説を唱えた人がいた。初代文部大臣の森有礼(ありのり)である。

森有礼は薩摩の出身。開国か攘夷か、激しく揺れ動く幕末期、薩摩や長州をはじめとする各藩の志士たちは、「尊皇攘夷」という題目を掲げつつ、徳川幕府を倒すのに大きなエネルギーを発揮した。

一方で、その薩摩藩は、慶応元年(1865)、国禁を犯す形で19名の留学生を英国へ送り込んでいた。その2年前の薩英戦争で英国の強大な国力を見せつけられた結果として、「攘夷」を声高に叫んで貫こうとすることは絵空事に過ぎないことを思い知っていたのだ。19名の留学生の中に、まだ18歳の森有礼がいた。

とはいえ、文部大臣をつとめるような人が「公用語を英語に」というのは余りに上滑り。自国の伝統文化が崩壊しかねない。

同じ幕末、漂流したところを捕鯨船に拾われ、アメリカに渡って英語を身につけた土佐の漁師がいた。ジョン万次郎である。万次郎は耳で覚えた英語を、自分なりにカタカナ書きにして表している。たとえば、水は「ワタ」。この発音表記は案外と原音に近く、「ウォーター」というより、英米人にはわかりやすく響く。

こういう実用に供する教え方の工夫こそ、もっと英語教育の現場に生かされていい。漱石が教壇に立って感じていたのも、そういうことであったのだろう。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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