今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「私はすべての人間を、毎日々々、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある。」
――夏目漱石
明治の知識人の教養は、実に深い。夏目漱石はその中でも屈指の存在だった。
和漢洋の典籍に通じ、美術や音楽や演劇、落語を好んで鑑賞し、自らも絵や書、謡などをよくする。その漱石が、上のように語っているのである。
これは、「恥をかくことを恐れるな」というアドバイスと同義だろう。
世の中は自分の知らないこと、わからないこと、できないことで満ち満ちている。それを学びとり身につけていこうとすると、自然と恥をかくこともある。それでいいではないか、と背中を押してくれているのだ。
大正4年(1915)2月、漱石が48歳のころに書いた随筆『硝子戸の中』よりのことばである。新しい年を迎え、1年の抱負を立てる際にも、漱石のこんなアドバイスを基礎におけば、その中身には自ずとより一層の挑戦意欲が宿るかもしれない。
ひととき笑われてもいい。その悔しさをバネに飛躍することもできる。プロ野球選手のイチローも「子供の頃から人に笑われてきた」と語ったことがある。
そんなことできるはずがないと、周囲から笑われたことを、単なる恥ずかしい思いで終わらせず、目標にして不断の努力で達成してきたのだ。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。