「触ってごらん、ウールだよ」という名キャッチコピーを覚えているだろうか。思わず触りたくなる羊毛の特徴をよく捉えた直球なフレーズだった。
実際、洗いざらしの綿ジーンズ、さらさらの絹ストッキング、しっとりスウェード靴、すべすべしたスーツのキュプラの裏地などなど、繊維や皮革類には「触覚の快感」を誘発する素材が多い。また、犬や猫の肉球のぷにゅぷにゅした触感に癒される女性もよく見かける。
そして、たとえば気泡緩衝材と聞いてもピンとこないかもしれないが、「プチプチ」といえばすぐ「ああ、あれ」と想い浮かぶだろう。「エアキャップ」や「エアマット」という商標で呼ばれる場合もある。子どもの頃、何気なくプチプチ潰しを始め、やめられなくなった経験は誰にでもあるはずだ。そして大人になっても、ストレス解消のためにわざわざ購入する人もいるらしい。
この“プチプチ潰し”が快楽をもたらすのも、最初は柔らかいビニール内の気泡が、徐々に指に力を入れると固く膨らみ、最後には弾けるからだ。段階的にその柔軟性を破壊する指の感触が、破裂音よりさらに心地よくなる。つまり、これも触感フェティシズムによって誘発される「触覚の快感」なのだ。
じつはこうして触れて得られる快感や安心感は、まだ視力も覚束ない新生児の原初的な記憶に基づくのだという。
『触覚とイマジネーション』と題する著書もあるチェコの映像作家ヤン・シュヴァンクマイエルは、「触覚はすべての感覚の中で最も現代芸術の機能に適した感覚である」とも述べている。
彼は粘土を自在に変幻させ、石や布や生肉でさえアニメの素材にする。その映像を目にする人々はあたかも、視覚を通じてそれらオブジェを触っている感覚を味わう。そして、何にでも触れて対象を理解しようとしていた幼児体験を、原初の記憶を、まさに触発されるのだ。
かように触覚とは、最も身体性の高い感覚なのである。これをより研ぎすませることで、他の感覚以上に脳を活性化させうるというのも道理だ。
そして自分が心地よさを感じるオブジェに触り、完全にリラックスした状態で考えを巡らすと、潜在意識が開放され、妙案も浮かんできやすくなるだろう。
この触覚という感覚をなるべく疎外しないよう、意識していろんなものに“触れて”みようではないか。
文・構成/鈴木隆祐
監修/前刀禎明
【参考図書】
『とらわれない発想法 あなたの中に眠っているアイデアが目を覚ます』
(前刀禎明・著、鈴木隆祐・監修、本体1600円+税、日本実業出版社)
http://www.njg.co.jp/book/9784534054609/