1948年、一冊の雑誌が創刊されました。今でも多くのファンを抱える『暮しの手帖』です。
洋裁の知識を持っていなくても誰でも簡単に作れる「直線裁ち」の洋服、写真を見ながら誰でも真似することができる料理、著名人による身辺のエッセイなど、戦争直後のもののない時代に、お金をかけずに「工夫とアイディア」で暮らしを豊かにしよう、という希望に満ちた記事が満載。「ライフスタイル」という言葉がなかった頃から、人々の暮らしに注目する異彩を放つ雑誌でした。
その創刊号から152号(2世紀52号)まで編集長を務めたのが、花森安治です。その仕事は、我々が編集長と聞いて思い浮かべる仕事よりはるかに多彩でした。
雑誌全体を統括するのはもちろん、文章を執筆し、キャッチコピーを考え、表紙絵やカットを描き、写真を撮り、1ミリ単位にこだわって割り付け(レイアウト)し、宣伝物の制作もこなしました。
『暮しの手帖』は、“花森の雑誌”と言っても過言でないほど、彼の美意識で貫かれていました。
花森は、めまぐるしく変化する時代のなかで、いつでも庶民の暮らしを第一に考えました。
たとえば、高度経済成長期に電化製品が売り上げをのばしたころには、「商品テスト」を実施しました。高いお金を払って買った電化製品が、すぐに故障したら庶民が悲しむ。買う前に商品のことがわかれば、と考えたわけです。
トースターならば、数社のものを集め、じつに43,088枚もの食パンの焼具合を検証しました。公平な記事にするため、雑誌に徹底して広告を入れません。それで、約100万部という驚異的な数を売っていたのです。
* * *
そんな花森安治の全貌を紹介する、今までにない大規模な展覧会が、東京の世田谷美術館で開かれています。(~4月9日まで)
暮しの手帖社と花森の娘・土井藍生(あおい)さんが、お持ちの資料を世田谷美術館に寄贈したしたことで企画が持ち上がり、本展の開催につながりました。表紙原画、カット原画のほか、手書きの文字がストレートなメッセージを発する中吊り広告、新聞広告、装幀した本、他社製品のためにデザインしたポスター、手紙やスケッチブック、愛用のランプにいたるまで、花森の編集者スピリットをあらゆる方向から感じられます。
世田谷美術館館長の酒井忠康さんは次のように語ります。
「おそらく花森安治は、じつに激しい思想を持った創造者です。まっすぐに向き合わなければ何も答えてくれない頑固者でもあるし、大変正直な人でもあるし、非常に情熱的でもあります。
この世代の人たちは、どこかに戦争の傷を負って戦後を生きたに違いありません。同時に、戦後、じつに張り切って生きようと思ったはずです。僕らはこの世代の人達が持っていた、張り切って生きようという熱意を、どこかで忘れてしまったような気がしてしょうがありません。
そういった熱意をこの展覧会から感じていただけるのではないかと思います」
ものが溢れ、インターネットが普及し、簡単に情報が手に入るけれども、何か大切なものを忘れているような気がする。そんな時代だからこそ、見ておきたい展覧会です。
【花森安治の仕事 ― デザインする手、編集長の眼】
■会期/2017年2月11日(土)~4月9日(日)
■会場/世田谷美術館
■住所/世田谷区砧公園1-2
■電話番号/03・5777・8600 (ハローダイヤル)
■料金/一般1000(800)円 65歳以上800(600)円 大高生800(600)円 中小生500(300)円
※障害者の方は500(300)円。ただし小・中・高・大学生の障害者は無料、介助者(当該障害者1名につき1名)は無料。
※( )内は20名以上の団体料金。
■開館時間/10時から18時まで(入場は閉館30分前まで)
■休館日/毎週月曜日
※ただし、2017年3月20日(月・祝)は開館、翌21日(火)は休館。
■アクセス/
・東急田園都市線「用賀」駅 美術館行バス「美術館」下車 徒歩約3分/「用賀」駅より徒歩約17分
・小田急線「成城学園前」駅 渋谷駅行バス「砧町」下車 徒歩約10分
・小田急線「千歳船橋」駅 田園調布駅行バス「美術館入口」下車 徒歩約5分
・東横線「田園調布」駅 千歳船橋行バス「美術館入口」下車 徒歩約5分
■美術館公式サイト/http://www.setagayaartmuseum.or.jp
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』