元良親王(もとよししんのう・890~943)は、陽成天皇(ようぜいてんのう)の第一皇子として生まれました。父帝の退位後に生まれたため皇位継承はなく、三品兵部卿(さんぽんひょうぶきょう)を務めました。
『今昔物語集』や『徒然草』にも伝説的な好色ぶりやその美声が語られ、一説には『源氏物語』の光源氏のモデルの一人ともされています。
宇多法皇の后である京極御息所(きょうごくのみやすどころ)との秘めた恋や、多くの女性に和歌を贈る風流人としても有名で、家集『元良親王集』には30人以上との贈答歌が収録されています。

(提供:嵯峨嵐山文華館)
目次
元良親王の百人一首「わびぬれば~」の全文と現代語訳
元良親王が詠んだ有名な和歌は?
元良親王、ゆかりの地
最後に
元良親王の百人一首「わびぬれば~」の全文と現代語訳
わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても あはむとぞ思ふ
【現代語訳】
どうしてよいか、行きづまってしまったのだから、今となってはもう同じことだ。難波にある澪標(みおつくし)ではないが、身をつくしても逢おうと思う。
『小倉百人一首』20番、『後撰集』961番に収められています。『後撰集』の詞書には「事出できて後に、京極御息所につかはしける」とあり、京極御息所との不義の恋が露見してしまったときに彼女に向けて詠んだ歌です。
「わびぬれば」とは、「嘆いている、困り果てている」状態を指し、「今はた同じ」は、「もはや同じことだ」といった意味です。「みをつくし」は、難波の船の道しるべである澪標と「身を尽くして」を掛けており、露見した今となっては、どうせ考えても同じこと、わが身の破滅と引き換えに逢瀬をとげようとする強い思いが感じられます。
京極御息所は元良親王の叔父である宇多天皇の寵愛を受けた后の一人でした。
これは、当時の常識から考えても、絶対に許されることのない禁断の恋。この関係が露見したのですから、親王自身の立場はもちろん、京極御息所や周囲の人々をも巻き込む大スキャンダルだったのです。
こうした世間の非難や破滅をも覚悟の上で、それでもなお逢いたいという、元良親王の切羽詰まった、そして燃えるような情熱を詠んだ歌です。

(提供:嵯峨嵐山文華館)
元良親王が詠んだ有名な和歌は?
情熱的な和歌を多く残した『元良親王集』から紹介します。

世にあれば ありと言ふことを きくの花 なほすきぬべき 心地こそすれ
【現代語訳】
世にある限りは、長寿をかなえてくれると聞く菊の花を、やはり飲まずにはいられない気持ちがしますよ。私も出家せずにいるので、あなたがまだ亭子院(ていじのいん)におられると聞けば、やはり恋い慕わずにはいられない気持ちですよ。
『元良親王集』の詞書には「京極の御息所を、まだ亭子の院におはしける時、懸想し給ひて、九月九日に聞こえ給ける」とあり、元良親王が京極御息所への思いを重陽(ちょうよう)の節句の菊花に託して詠んだものです。
「世にあれば」には「生き永らえる」という意味と「出家せず俗世に留まる」という二重の意味があり、「きく」にも「菊」と「聞く」を掛けています。さらに「すき」には「飲む」と「好く(恋する)」の意味が込められています。
表向きは重陽の節句で長寿を願う菊酒を飲む歌としながら、実は京極御息所への許されぬ恋心を巧みに隠し表現した、掛詞を駆使した技巧的な恋歌です。
元良親王、ゆかりの地
元良親王ゆかりの地を紹介します。
吹田サービスエリア
「難波」といえば大阪。名神高速道路にある吹田サービスエリア内に『小倉百人一首』18番の藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)とともに、元良親王の歌碑があります。サービスエリアのオープン記念に揮毫(きごう)されたそうです。
最後に
一見、情熱的な恋の歌ですが、その裏には、皇族という立場、複雑な人間関係、そして世間の目を憚る苦悩がありました。この歌が紡ぎ出す愛の真剣さと覚悟には、時代を超えた普遍性が感じられますね。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp
