文/鈴木拓也

写真はイメージです。

コーヒーの歴史は古い。

その起源は千年以上前、エチオピアでヤギ飼いをしていたカルディ少年が発見した、1本のコーヒーノキに遡るという。しかし、これは伝承の域を出ない。

原木はエチオピアにあったのだろうが、これを持ち込んで普及させたのは、イエメンの貿易商であった。16世紀のことである。

コーヒーを飲む文化は周辺地域にも広まっていくが、同時にコーヒーを提供する店も増え、ヨーロッパにも伝播する。カフェ文化の誕生である。

現代人にとって、なじみ深いカフェだが、その歴史となると案外知られていない。そんな未知の世界に切り込んだのが、西洋史学の研究者、増永菜生さんだ。

増永さんは、著書『カフェの世界史』(SBクリエイティブ https://www.sbcr.jp/product/4815628826/)の中で、政治・社会の変化に応じて、カフェはどのように利用され、今日の隆盛を見るに至ったかを説いている。

今回は本書より、カフェの歴史のごく一部を紹介しよう。

初期には政治を議論する場として増加

ヨーロッパの中でも、先駆けてコーヒーが普及したのはイギリスだ。

「コーヒーを楽しみつつ談笑できる場」として、「コーヒーハウス」と呼ばれるものが最初にできたのは1652年。

たちまち人気に火がつき、そこから30年で約3千軒ものコーヒーハウスが、ロンドンにあったというから驚く。

爆発的な増加には、社会的な背景がある。時あたかも、ピューリタン革命が終わり、共和制に移行した時期。議会政治の揺籃期であり、直接的には政治に参画できないロンドン市民たちは、集まって政治を議論する場所を欲していた。その場としてコーヒーハウスがぴったりだったのである。酒場だと酔って話にならないが、コーヒーなら覚醒作用がある。さえわたる議論が、そこかしこで展開したに違いない。

しかし、この流行も18世紀半ばには萎んでしまい、会員制のクラブが増えるとともに、紅茶を嗜む習慣にとって代わられていく。

他方、フランスでは、イギリスより一歩遅れての1672年、パリにカフェが開業し裾野を広げていった。ここでもカフェは、民衆の議論の場として機能した。やがて、フランス王室への不満が高まるにつれ、王政へのひそかな批判や地下出版も活発化。フランス革命への地ならしの役割も担ったようだ。

このように初期のカフェは、民衆による世論形成に大なり小なり寄与した。それは、ときには歴史を揺り動かすムーブメントの、小さな一翼を担うこともあった。

万博の人気でカフェも隆盛

今では、美術館や博物館に併設されたカフェは珍しくないが、その歴史は浅く、19世紀半ばを過ぎてからのことである。

発祥は、ロンドンの装飾博物館(現在のヴィクトリア&アルバート博物館)内部の3つ休憩室であった。装飾博物館は、もとは産業博物館といい、1851年に開催されたロンドン万国博覧会の出品物を常設展示する場として作られた。

19世紀におけるパリのカフェの発展も、万博とは無縁ではない。1862年にオープンしたカフェ・ド・ラ・ぺは、第2回パリ万博の来場者が「こぞって訪れ」大いににぎわった。それだけでなく、歴史に名を残す著名人にも愛好された。増永さんは、次のように記している。

作家のエミール・ゾラやモーパッサン、音楽家のチャイコフスキーやジュール・マスネが訪れるようになっていた。19世紀末になると当時皇太子であった後のイギリス国王エドワード7世や小説家のオスカー・ワイルド、さらにはシャーロック・ホームズの生みの親であるアーサー・コナン・ドイルが訪れるようになっていた。(本書161pより)

同店は今なお健在。創業の頃の、豪奢な内装を今に伝えている。

スターバックスの進出に「断固反対」した国

2度の大戦が勃発した20世紀前半は、カフェにとっても受難の時代であった。

戦時下においても、コーヒーは嗜好品という位置づけ。食糧や軍需品の必要性に押され、片隅に追いやられる運命にあった。それでも一部の参戦国では、兵士にインスタントコーヒーが配給され、彼らの士気を高めた。

戦後の復興とともに、コーヒーは再び日の目を見るようになった。家庭ではインスタントコーヒーのような、お手軽路線で飲まれるものがもてはやされた。しばらくして、その反動のようにスペシャルティコーヒーが勃興した。

スペシャルティコーヒーとは、厳選した良質の豆から作られたコーヒーのこと。こうしたコーヒーを出す、こだわりのカフェも続々と生まれた。

その1つが、スターバックスだ。

今や飛ぶ鳥を落とす勢いで世界中に版図を広げているスターバックスだが、最初は自家焙煎豆の小売店としてスタートした。それを転換させたのは、1982年に入社したハワード・シュルツ。彼は、ミラノ出張時に、エスプレッソバールがあちこちにあって、人々はそこで「一日に何回もエスプレッソを飲むという、いわゆるイタリアのバール文化に感銘」を受けたという。

シュルツは、紆余曲折の後、スターバックスのトップに就任。チェーン店の拡大路線にひた走る。

ところで、今のスターバックスは、シュルツが感銘を受けたはずの、本場のエスプレッソバールとは異なる印象を受ける。その理由として増永さんは、こう説明する。

というのも実際にアメリカでシュルツがスターバックスの事業を展開して行く中で、アメリカで人気を獲得したのは、イタリア式のエスプレッソではなく、エスプレッソにスチームミルクをたっぷり加えたカフェラテであった。
このカフェラテは、「シアトル系」のコーヒーとしてアメリカで広がっていくことになる。(本書253pより)

おそらくこのことが、スターバックスがイタリアに進出するに際して、障壁の一因となった。障壁どころか彼の国は、スターバックスの進出に「断固反対」していたのである。

それでも、2018年にイタリア初の店がオープンした。通常店とは異なる、「リザーブ ロースタリー」という、こだわりの特別店の形式とし、フードメニューは現地のベーカリーと手を組むなど、かなり気を使っての進出であることが見てとれる。

一部のメディアは、「フラペチーノの王」など皮肉めいた報道をしたが、幸いにも多くのイタリア人には受け入れられた。現在、当地におけるスターバックスは、50店舗近くまで増えている。

* * *

ここでかいつまんで取り上げたように、本書は、近世から現代におけるカフェの通史として、出色の出来。背景となる政治史的な解説も丁寧になされており、読み応えは充分。カフェが好きな人には、ぜひとも読んで欲しい1冊だ。

【今日の教養を高める1冊】
『カフェの世界史』

増永菜生著
定価1100円
SBクリエイティブ

文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。

 

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