文/鈴木拓也

人間の歴史と「食」は、切っても切れない関係にある。
古代から人々は、香辛料を求めて盛んに貿易を行ってきたし、主食の米・小麦をめぐって国内外で争いを繰り広げた。
日本史を見ても、米が豊作か不作であるかによって、国全体が豊かになったり傾いたりした。最近では、「令和の米騒動」が記憶に新しく、あらためて米が日本に与えるインパクトを思い知る。
では、果物はどうだろうか?
歴史という文脈では、表に出てこず、日陰の存在に思えるかもしれない。しかし、「まったくそうではない」と言うのは、農業関連事業のコンサルタントとして活躍する竹下大学さんだ。
竹下さんは、著書『日本の果物はすごい 戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』(中央公論新社 https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/09/102822)のなかで、果物が日本の歴史に及ぼした影響を様々に綴っている。
取り上げられている果物は、柑橘、カキ、ブドウ、イチゴ、メロン、モモ。それらのどの逸話も、われわれには馴染みがなく、そしてとても興味深いものだ。
今回は、本書の一部を紹介しよう。
戦国武将を虜にしたカキ
秋の代表格な風物詩であるカキ。
弥生時代前期に中国から伝来した果物だが、当時は渋柿しか存在しなかったそうだ。青い未熟果の果汁は、発酵・熟成させて、防水加工や染色などの用途に活用された。食用としては、完熟させて渋みが取れた熟柿(じゅくし)か干柿として賞味された。
糖度が高くこってり甘い干柿に岐阜県の「堂上蜂屋柿」があるが、これは時の権力者を虜にした。
生みの親は、蜂谷甚太夫なる人物。源頼朝にこの干し柿を献上したところ、蜂蜜の甘みがあると賞賛され、村とカキに蜂屋の名を賜ったとの伝説が残る。
戦国時代においては、信長、秀吉、家康が蜂屋柿を愛好した。信長は、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスにこの柿を振る舞い、秀吉は蜂屋村に諸役免除の特典を与えた。
家康については、こんなエピソードがあったと記されている。
1600年9月、家康は大垣城に立てこもる石田三成らの西軍を討つべく出陣。岐阜城から美濃赤坂への行軍途中、墨俣宿で瑞林寺の江国和尚が村民とともに大きな蜂屋柿を家康に献上したと伝えられている。時は関ヶ原の戦いの前日であった。
家康は「早速大がき(大柿=大垣)手に入る吉兆」と大いに喜び、諸役免除継続を約束したと伝えられる。(本書80pより)
天下泰平の江戸時代に入ると、蜂屋柿の存在感は薄れていき、生産も減り続けた。昭和初期には、養蚕業の方が儲かるということで、この柿を作る農家は途絶える。
しかし、昭和5年に村瀬俊雄という男が、この柿の復活を決意する。最初は独力で栽培・販売をしていたが、1977年に蜂屋柿振興会が結成され、本格的な復活を果たす。今では美濃の特産物として名が知られている。
富裕層のステータスシンボルであったメロン
西洋からやって来たメロンの日本史は浅く、明治時代に入ってから。だが、同じウリ科のマクワウリとなると、弥生時代から食べられていた。
偶然か必然か、この果物も信長、秀吉、家康にからんだエピソードがある。1575年、上洛した信長は、正親町(おおぎまち)天皇にマクワウリを2籠献上したと記録に残る。1582年、明智光秀を討つべく進軍する秀吉は、地元民からマクワウリを献上された。竹下さんは、次のように解説を加える。
このマクワウリが例年よりも早く熟していたことから「例年よりも時猶早かり。時と土岐とは音通じて、則(すなわち)(土岐は)明智の本姓なれば、早く破るという吉兆ぞ」と周りの者に伝え、その当意即妙ぶりが称えられた。
天下取りを果たした秀吉は信長に倣い、1586年6月22日にマクワウリを2籠朝廷に献上している。(本書234pより)
家康は、大坂夏の陣の最中に、これまたマクワウリを献納されている。よほど気に入ったのか、産地の真桑村に諸役免除と毎夏の献上を命じた。
江戸時代に入ってしばらくすると、マクワウリは、武家の献上品という地位から庶民の食べ物へと変わっていく。本書では、マクワウリを詠んだ松尾芭蕉や正岡子規の句が紹介されている。1970年くらいまでは簡単に手に入る果物であったが、今ではめったに見かけないものとなった。
現代ではマクワウリと交代するようにメロンが普及しているが、先鞭をつけたのは大隈重信だ。宮中晩餐会で食べたマスクメロンの虜となり、自邸の温室でマスクメロンを栽培したという。そこでは品評会まで行われ、新品種の「ワセダ」が第一等に輝いた。
その後、大正時代にかけて栽培品種が増え、ブームと呼ばれるほどメロンはもてはやされた。しかし、味のほうは今一つで、富裕層のステータスシンボルという位置づけであったそうだ。大正はじめに千疋屋は、1玉10円で販売したが、現代の貨幣価値に換算すると「665万円に相当」する。2019年の夕張メロンの初競りでは、2玉500万円の値がついた。昔も今もメロンは、最高級果実の座を保持しているわけだ。とはいえ、プリンスメロンのように庶民的な価格の品種もあるし、現代のわれわれには、たくさんの選択肢があることを喜ぶべきだろう。
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このように本書は、教科書に書かれている日本の歴史とは、全く異なる視点を与えてくれる好著に仕上がっている。日頃あまり果物を食べない方でも、読後は食や旅の場面で果物にもっと親しむようになるはずである。
【今日の教養を高める1冊】
『日本の果物はすごい 戦国から現代、世を動かした魅惑の味わい』

定価1100円
中央公論新社
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。
