淡路から越前への藤原為時、国替えの真相

急遽、大国越前の国司に任じられた為時(演・岸谷五朗)。(C)NHK

I:さて、今週のもうひとつのトピックスは、まひろ(演・吉高由里子)の父藤原為時(演・岸谷五朗)の国司任官ではないでしょうか。花山天皇の蔵人を退任したあと10年間散位(無職)だった為時が、淡路守に任命されます。

A:為時の息子の惟規(演・高杉真宙)が「淡路は下国だけど」と言っていました。律令で国々を「大国」「上国」「中国」「下国」と4階級に分けたもので、下国は淡路のほかに隠岐、壱岐、対馬の島国と和泉、伊賀、志摩、伊豆、飛騨の九か国のことをいいます。ただ、淡路は『古事記』にわが国で最初に誕生した島であると記述されていますから、国家にとって特別な島だったことを補足しておきたいと思います。地理的にも古代からの幹線である瀬戸内海と畿内の接着点に位置しますから。

I:一方の越前は13ある「大国」のひとつ。為時が下国の国司から大国の国司に配置換えになったことは、当時の貴族社会でもトピックスだったようで、複数の書物に記録されています。書物によって小異はあるのですが、「今は昔」の書き出しで始まる『今昔物語』には「藤原為時、詩を作りて越前守に任ぜらるる事」と立項されています。

A:『今昔物語』でも記事になるほどのことだったんですね。最初に越前守に任命されていた源国盛(演・森田甘路)という人物は、第58代光孝(こうこう)天皇の皇子が源姓を与えられた「光孝源氏」で、光孝天皇の玄孫にあたる人物です。いくつもの国の受領を歴任していて、それなりに世渡り上手の人物だったと思われます。劇中では、申し文について文章博士に代作を依頼した旨を正直に話していましたが、まさに「受領は倒るるところに土をもつかめ」という『今昔物語』で有名な「貪欲な受領」を体現している設定でした。

I:国盛が漢詩の知識に乏しいということで、交代されたという設定でした。国盛のその後については、越前守から外されたショックで病気になり、ほどなくして亡くなったとされていますからちょっと気の毒でもあります。

A:劇中では詮子に口利きを頼んでいたようですから、それに対する謝礼・進物をたんまりとはずんでいたはずです。公卿らも地方で蓄財してきた受領層の財力に頼っていることも多かったので、まさか、そうした謝礼を返してくれともいえなかったでしょうから、国盛のショックは私たちが想像するより大きかったのでしょう。

I:そういえば、後段で高階貴子(演・板谷由夏)が息子たちの処分を穏便に済ませようと蔵人頭の斉信のもとを訪ねていましたが、傍らには進物と思われる反物がうず高く置かれていました。

A:この場面を挿入することで、「源国盛の進物」を想起させる演出だとしたら巧妙ですね。まあ、ただで依頼事をするのが憚られる時代だったのでしょう。受領らが公卿らに競って寄進していたのは有名なことです。道長とてしっかり受け取っています。それはまた改めて言及したいと思います。

苦学の寒夜の漢詩はまひろ作なのか?

道長(演・柄本佑)の目に留まった為時の漢詩。(C)NHK

I:さて、為時が淡路から越前へと「国替え」に至った背景にある漢詩の存在があることが伝わっています。前出の『今昔物語』には、

苦学の寒夜
紅涙襟(えり)を霑(うるお)す
除目(じもく)の後朝(こうちょう)
蒼天眼(そうてんまなこ)に在り

(真冬の寒夜、血涙を絞って学問に精進したかいもなく、春の除目の国司選任に漏れ、その翌朝、悲しみに茫然としているまなこには青く澄み切った春の大空がうつろに映るばかりである)

という漢詩が一条天皇の心を動かして、為時を越前守に変更するという流れになったと記されています。

A:前週の陣定で70人もの宋人が越前に来ていたという議題が出ており、為時が越前守に適任と道長が判断したのでしょう。

I:劇中では「苦学の寒夜」の漢詩をまひろが代筆して申し文として提出したという設定でした。

A:これは私の勝手な解釈ですが、おそらく為時が下書きか何かで残していた作をまひろが「清書」して提出したという設定なのではないかと思っています。世渡り下手な為時ですから、申し文を出そうと思って途中で放っておいた漢詩をまひろが清書したというのが無理のないように思えます。

I:『今昔物語』はじめいくつかの書物に記録されている漢詩ですから、その方が自然かもしれないですね。

A:ちなみに劇中で登場した漢詩では、「除目の春朝」ですが『今昔物語』に記録されている漢詩は「除目の後朝」と小異があります。

I:さて、こうした混乱の中で中宮定子が突然、自ら髪を切ってしまいます。

A:衝撃的な場面です。自分の兄と弟に寛大な処置を望んでいたのでしょうが、英明なる一条天皇はそれを許さなかったことで混乱したのでしょうか。

I:次号予告でチラ見せされた、清少納言の「春はあけぼの」の有名な書き出しがこれほど切なく響いてくるとは思いもよりませんでした。次回、間違いなく心の奥襞に刻まれる回になりそうです。

A:心して一週待ちたいですね。

兄や弟の左遷騒動で憤った定子(演・高畑充希)が突如、自らの髪を切った。(C)NHK

※『小右記』の引用は、国際日本文化研究センターの「摂関期古記録データベース」から。『今昔物語』の引用は『新編 日本古典文学全集』当該巻から。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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