文/池上信次
前回(https://serai.jp/hobby/1175928)紹介した「ザ・スリー・サウンズ」のように、ジャズのピアノ・トリオにバンド名をつけることは珍しいのですが、1970年代半ばから一時、それが流行したことがありました。
その最初が「ザ・グレイト・ジャズ・トリオ」。これはピアニスト、ハンク・ジョーンズ(1918〜2010)をリーダーとしたトリオ。ハンクは40年代半ばから活動し、多くの名盤に名を残すレジェンド。60年代からはスタジオワークを活動の中心にしたため「現場」から離れていましたが、70年代半ばに第一線に復帰。その活動の中でも、ロン・カーター(ベース)とトニー・ウィリアムス(ドラムス)とのトリオでヴィレッジ・ヴァンガードに出演したことが大きな話題となりました。そのときに名乗っていたのが、「ザ・グレイト・ジャズ・トリオ」(以下GJT)でした。この名前、このメンバーでの最初に発表されたレコードは、76年5月録音の『渡辺貞夫ウィズ・ザ・グレイト・ジャズ・トリオ/アイム・オールド・ファッション』(East Wind)でした。そして、その翌日にGJT名義初のアルバム『ラヴ・フォー・セール』(East Wind)が録音されたのですが、そのベースはロン・カーターではなくバスター・ウィリアムスでしたので、GJTは実質「ハンク・ジョーンズ・トリオ」のことといえるでしょう。しかし、翌77年に再びロン・カーターを迎えてのライヴ・アルバム『アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』が録音、発表されると大反響となり、GJTはこの3人によるグループとして広く知られるようになります。
じつは同時期、ハンクはトリオ編成のアルバムを何枚もリリースしています。なかにはレイ・ブラウン(ベース)とシェリー・マン(ドラムス)という、なかなかグレイトな組み合わせもありますが、ハンクのこの時期の代表作品といえば、多くのジャズ・ファンはGJTを挙げるでしょう。GJTは、レジェンドとその息子世代の組み合わせの妙という「売り」があったとはいえ、「グレイト」という名前のインパクトの大きさもその一因ではないでしょうか。
そして78年、GJTのヒットに影響を受けたであろう名前のトリオが登場します。それは「ザ・スーパー・ジャズ・トリオ」。メンバーはトミー・フラナガン(1930〜2001/ピアノ)、レジー・ワークマン(ベース)、ジョー・チェンバース(ドラムス)という百戦錬磨の3人。たしかに「スーパー」な組み合わせではあります。78年7月録音の土岐英史『シティ』(Baystate)のレコーディングで3人がバックを務めたのを期に結成、命名されました。同年11月録音のアルバム『スーパー・ジャズ・トリオ』(Baystate)でデビュー。トリオでもう1枚のアルバムを発表(80年)したほか、アート・ファーマーのアルバムをトリオ名義でバックアップしました(79年)。
さらにフラナガンは、83年に「ザ・マスター・トリオ」の名前で『マイルストーンズ』『ブルース・イン・ザ・クロゼット』の2枚のアルバムを録音(同日)、発表しました(Baybridge)。なんとメンバーは、GJTのロン・カーターとトニー・ウィリアムス。フラナガンはハンク・ジョーンズより一世代若いとはいえ、テイストはGJTに近いもの。トミー・フラナガンも、ハンク・ジョーンズ同様に多くのピアノ・トリオ・アルバムを出していますが、ザ・スーパー・ジャズ・トリオとザ・マスター・トリオは、彼の作品系列のなかではとくによく知られていると思います。やはり名前があることの意味は大きいのではないでしょうか。
8年ほどの間に、グレイト、スーパー、マスターと、いずれも日本語にすれば「すごいトリオ」が3つも登場したのですが、活動が継続されていたのは「元祖」のGJTだけでした。GJTは、ハンク、ロン&トニーによるメンバーで、75年からの5年間で11枚ものアルバムを発表しました(渡辺貞夫やジャッキー・マクリーンとの共演アルバム含む)。しかし、この3人での活動はそこまでで、80年にはエディ・ゴメス(ベース)とアル・フォスター(ドラムス)にメンバー・チェンジしてサウンドも大きく変わりましたので、以降GJTは、当初のスペシャルな「バンド」から「ハンク・ジョーンズ・トリオ」の名称にその意味を変えました。その後もGJTは頻繁にメンバー・チェンジを重ね、去来したメンバーは20人を超えていますが、ハンクは死去するまで35年にわたり、この名前でトリオの活動を続けました。これもまた「グレイト」なことですね。
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バンドの「名は体を表す」(1) https://serai.jp/hobby/1174027
バンドの「名は体を表す」(2) https://serai.jp/hobby/1174928
バンドの「名は体を表す」(3) https://serai.jp/hobby/1175928
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。