取材・文・写真/鈴木拓也
京都には、小規模ながらも個性的な美術館や博物館が多い。この地の奥深い歴史を反映してか、展示物も意外性に富んでいたり、瞠目(どうもく)するものもあったりと、興味は尽きない。
2022年4月にオープンした細辻伊兵衛美術館もその1つ。所蔵品は、約5千点に及ぶという古今の「手ぬぐい」だ。
この、日本初にして唯一の手ぬぐい専門美術館では、随時入れ替えしながら数十点の手ぬぐいが、館内の展示スペースで飾られている。
芸術品としても扱われた手ぬぐい
一足飛びに展示物の紹介に入る前に、細辻伊兵衛と手ぬぐいの歴史について簡単に記しておこう。
細辻家のはじまりは、織田信長が生きた時代というから400年以上前にさかのぼる。かの信長公より細辻姓と屋号「永楽屋」を拝領し、その後、南蛮渡来の木綿を扱う商人としての道を開いた。
当時は高級輸入品として珍重されていた木綿の需要は高く、国内生産に注力して増産を重ねた。そして、江戸時代には津々浦々、大名から庶民までもが使う生活必需品となった。
木綿を素材とする手ぬぐいは江戸時代に生まれた。用途は、濡れた手や身体をぬぐうだけでなく、頭にかぶって日除けやほこり除けとしたり、ときには包帯としても用いられたという。染め上げた意匠にも工夫が凝らされるようになり、その絵柄の優劣を競う「手拭合わせ」という品評会まで開かれるようになった。実用品であるとともに、芸術品としての側面も持つようになったのである。
そうした江戸期のヒット商品を送り出してきた「永楽屋」は、代々襲名の細辻伊兵衛のもと、時には隆盛を謳歌し、時には激動の時代の波にもまれながらも命脈を保ち、日本最古の綿布商として今も健在である。
入場券がロゴ入りの手ぬぐい
細辻伊兵衛美術館が位置するのは、京都市中京区の三条通りのそば。この創業の地にほど近い場所に、6階建ての社屋をもうけたのは1990年のこと。
実はさかのぼること1964年、東京オリンピックの開催に合わせ、この地域に国際電話局が開設されることになり、やむなく移転したという経緯がある。いったんは離れた創業の地に舞い戻るのは、11代当主の悲願であったと、現14代当主の細辻伊兵衛館長は語る。
美術館の展示スペースは、このビルの1階と2階。1階で受付を済ませると、入場券をもらえる。この入場券が手ぬぐいになっている。
細辻館長は、次のように説明した。
「当館では、この白い手ぬぐいが入場券となっています。これには、アーティストの立花文穂さんの手によってロゴ化された、当館の名称が黒字で記されています。端にナンバリングがついており、どの入場券も世界で一つだけのものです。その一部は破り取って、当館の控えとしますが、半券は記念にお持ち帰りいただく趣向となっています」
縁起物をモチーフとした手ぬぐいが勢ぞろい
受付を抜けるとミュージアムショップがあり、「永楽屋」の手ぬぐいが500種類ほど販売されている。
ミュージアムショップの右手が、展示スペースの入り口となる。取材にうかがった日は、企画展「福よぶ手ぬぐい展-縁起えぇわぁ-」が開催されていた。1階のこのエリアは、江⼾時代から現代にかけて「永楽屋」が生み出してきた手ぬぐいの中から、企画テーマに沿った作品が30点ほど展⽰されている。展示物は数か月ごとに入れ替えされ、今回の企画展は2024年1月17日まで。そこでは、縁起のいいものにちなんだ手ぬぐいが勢ぞろいしていた。
例えば、「フジヤマ」と名付けられた作品。これについて、次のような解説をいただく。
「昭和13年に作られた手ぬぐいで、初夢に見ると縁起のよい“一富士 二鷹 三茄子”が描かれています。富士山と鷹はすぐわかりますが、茄子はどこだろうと首をかしげるかもしれませんね。実はこの富士山が茄子のヘタでもあり、余白の白い部分を丸い賀茂茄子に見立てているのです。また、赤みのある初日の出はぼかしていますが、これは技術的にも難しい染色で、その意味でも貴重な作品です。ちなみに、当館所蔵の歴史的な手ぬぐいは、どれも1点ずつしか残っていませんが、この作品は復刻してミュージアムショップで販売しております」
紅白の梅が咲く江戸時代の手ぬぐい
ところで、縦あるいは横に額装された各作品は、筆者の目には「手ぬぐいって、意外に長いものなのだな」と思わせた。その点を尋ねたところ、
「永楽屋の手ぬぐいの規格は幅が36cmで長さは91cm。時代の流れでいくぶん変化はありましたが、昔からおおむねこのあたりのサイズです。もっとも、規格といっても絶対的な決まりではなく、今は若干幅広の手ぬぐいを作っています。もともと江戸時代において、着物を作るための反物を必要に応じてカットして用いていたのが、手ぬぐいなのですね。反物の寸法が違っていたら、手ぬぐいも違うサイズになっていたでしょう」
との答えが返ってきた。一見、何の変哲もないと思いがちな日用品にも、ためになる深い話があるものだ。
もう1つ説明を受けた作品に、本展の中で一番古い、江戸時代の手ぬぐい「富士山に紅白梅」がある。
「紅白の梅が咲き、鶯が飛び、背景に富士山が描かれている、割と渋い感じのデザインです。染色されていない白い無地の余白が、大きめですね。これは、白い余白を生かすことで、かえって見る人に印象づけるという意図で、ほかのさまざまな作品にも見ることができます」
現代アートと手ぬぐいの圧巻のコラボレーション
縁起のいい手ぬぐいを鑑賞したあとは2階へ。ここでは、歴代の細辻伊兵衛の足跡をうかがえる作品・資料が展⽰されるほか、コンテンポラリーな手ぬぐいアートが一堂に会していた。
最初に目に留まったのが、陣太鼓が描かれた手ぬぐい。陣太鼓といえば、まっさきに赤穂浪士討ち入りを思い浮かべるが、まさにそのとおりのモチーフ。聞くと、初代の細辻伊兵衛は大石内蔵助と親交があり、『忠臣蔵』は永楽屋にとって身近なテーマなのだそうだ。
このほか、歴代当主の実印や「細辻家女紋入 婚礼道具」など、手ぬぐいの文化を伝承してきた人々ゆかりの品が並べられており、感興をそそられる。
そこから奥へ進むと、また別の世界が開ける。目に飛び込んだのは、龍の絵柄が染められた長大な手ぬぐい。作品名は「昇龍」といい、長さは12.5mにもなる。
そして縦に額装され、ひときわ大きく見えるこちらの手ぬぐいは「鎮獣十二支 辰」(下画像)。右にあるガラスケース入りの彫像を、手ぬぐい生地に忠実に再現したもの。彫像は、世界的な陶芸家・近藤高弘氏の作品で、「鎮獣十二支」と名付けた12作品の1つ。これには、「銀滴彩」という、水滴のような結晶粒を表出させる独自の技法が採用されている。手ぬぐいの方にも、銀の染料を用いて煌きを忠実に再現。細辻館長によれば、「日本でもそうそういない染色の専門家が手がけた」という珠玉の作品だ。こうした、アーティストとのコラボ作品を見ると、現代アートとしての手ぬぐいのポテンシャルを感じざるを得ない。
ありふれた日用品でも、歴史や美というエッセンスを加えることで、見る者に感銘を与えるものへと昇華する。細辻伊兵衛美術館は、その取り組みに成功した稀有な例だろう。京都へ立ち寄られた際は、ぜひ訪ねてほしい。きっと得るものは多いはずだ。
細辻伊兵衛美術館 基本情報
住所:〒604-8174 京都府京都市中京区室町通三条上ル役行者町368
アクセス:京都市営地下鉄「烏丸御池」駅から徒歩3分(駐車場はなし)
Tel:075-256-0077
公式サイト:https://hosotsuji-ihee-museum.com/
開館時間:10:00〜19:00(入館は18:30まで)
休館日:不定期(展示替え期間中および臨時休館時)、ミュージアムショップは無休
観覧料:一般1000円(手ぬぐいチケット付き)、大高中生900円(要学生証提示)、小学生以下300円(手ぬぐいチケット無し)、ミュージアムショップは入場無料
なお、企画展「福よぶ手ぬぐい展-縁起えぇわぁ-」は2024年1月17日までの開催。その後、1月19日~3月20日の期間は企画展「I LOVE 湯道 湯~わくノスタルジー」の開催が予定されている。
取材・文・写真/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。