文/池上信次
ジャズの「名言」紹介を続けます。今回はデューク・エリントン(ピアニスト、バンドリーダー/1899〜1974)の言葉。
音楽には2種類しかない。よい音楽とそれ以外だ。
前回(https://serai.jp/hobby/1153462)紹介したマイルス・デイヴィスのように、これも言葉の意味だけでなく、そのパーソナリティがあるからこそ名言といえるものです。「ジャズ」の巨人の、脱ジャンルの音楽観を表したとされるとても有名な言葉で、さまざまな解釈で紹介されていますが、実際はどういった状況で発せられた言葉なのでしょうか。
この名言のオリジナルは、エリントン自身が書いた文章にあります。それは、エリントンが1962年に『Music Journal』誌に寄稿した「Where Is Jazz Going?(ジャズはどこへ行くのか?)」というエッセイです。これは現在、エリントンの著作とインタヴューなど101本を収録した書籍『The Duke Ellington Reader』(マーク・タッカー編集、Oxford University Press、1993年刊/日本語版なし)で読むことができます。
書かれた1960年代初頭は、オーネット・コールマン、セシル・テイラーら、それまでに比べれば「過激な」ミュージシャンが登場し、ジョン・コルトレーンもそれを追いかけていた時代です。また、ロックも流行していました。それを踏まえて文章は「Where is jazz going?」で始まります。そして「この種の質問に答えるのはけっして簡単ではないが、この場合は別の質問、つまりジャズはどこから来たのか、という質問に答える方が簡単かもしれない。なぜなら……」と続きます。そして、1933年にエリントンが「私は黒人音楽を演奏している」といったとき、一部の評論家に(エリントンの代表的レパートリーのひとつである)「『ソフィスティケイテッド・レディ』は黒人音楽ではない」と批判されたエピソードなどいくつかの例を挙げながら、その問いに答えていきます。
文中には興味深い記述がたくさんあるのですが、その中の、「スケールやコードをいじったりするだけでは音楽の練習にすぎない。昔も今も即興演奏は直感ではなく、よく考えられた創造である」(大意)という、感覚的な即興至上主義に対する反論はじつにエリントンらしいものといえます。また、驚いたのは、「ロックンロールはジャズの中でもっとも騒々しい形式で、これほど多くの人に熱狂的に受け入れられたジャズの形式はほかにはない。それはジャズから続く民族的な起源のつながりを維持しており、私の認識では黒人音楽に分類される」(大意)。さらに「私自身もロックンロールもの(Rock’n’Roll things)をたくさん書いていて、ショーのためにとってある」と記されていること。それから60年以上経った現在、ジャズは(ロックンロールを含む)すべての音楽要素を取り込んでいる音楽になったといえますが、エリントンは当時からすでに、現在にも通じるジャズ観をもっていたのです。
そして、「ご存知のように、私は音楽を分類したり枠にはめることに反対してきた。だから将来ジャズがジャズでなくなるのか、クラシックと融合するのかについては言及しようとは思わない」(大意)と、冒頭の問いに一応の結論を出します。ここまででも、この文章はエリントン的「名言」の貯蔵庫なのですが、決定打として登場するのが、これです。
There are simply two kinds of music, good music and the other kind.
本稿冒頭の訳は、単純化して強調されたものですね。「私の音楽はいい音楽」というふうにも取れそうですが、実際はそういう立ち位置の言葉ではありません。ていねいにいえば、「音楽には単純に2種類ある。よい音楽ともうひとつの種類だ」という感じですね。そこには「私の音楽」はありません。エリントンは思慮深いのです。
じつは、エリントンの文章はこの「名言」で締められていません。まだ先があったのです。それは、「音楽の試みの結果を判断する基準は、どう聞こえるかということだけだ。いい音(sound)であれば成功で、そうでなければ失敗である。誠実な作曲と演奏である限り、ミュージシャンにアイデアがあるなら、それを書き留めさせればいい。そして、その結果はジャズなのか、それとも別のものなのかは気にするな」(大意)。冒頭の「ジャズはどこへ行くのか?」というテーマは、エリントンにとってはなんとみみっちいものなのか。このあたり、うまくまとめれば「名言」より深いのではないかと思ったら、これに続く最後の一節は、もっとかっこいいものでした。
Let’s just say that what we’re all trying to create, in one way or another, is music.
(名言風意訳:我々が創造しているのは「音楽」なのだ/直訳:「私たちみんなが、さまざまなやり方で創造しようとしているのは、音楽である」とだけ言っておこう)
(以上、原文は『The Duke Ellington Reader』より引用。訳は筆者によるもの)
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。