文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1152173)、文章のまとめに思わず引用してしまったマイルス・デイヴィスの名台詞「オレの音楽をジャズと呼ぶな」。今回はこの「伝説」を検証します。

この名台詞の意味について、多く人の解釈は1970年代初頭にジャズからロックやファンクに「越境」したマイルスが、その音楽について問われての返答というものだと思います。マイルスの、自信にあふれた「脱ジャンル宣言」あるいは、音楽のスケールの大きさを誇示した一言、といったところでしょうか。ほかの人が言ったらまるで違う意味になってしまう、マイルスにしか似合わない、マイルス語録のなかでももっとも「マイルス度」の高いもののひとつですが、このイメージをうまく利用したのが、2015年公開の映画『MILES AHEAD マイルス・デイヴィス空白の5年間』(ドン・チードル監督、スティーヴン・ベーグルマン、ドン・チードル脚本)。映画は、マイルスへのテレビ番組のインタヴュー収録のシーンで始まります。そこでマイルスは「モード・ジャズとその影響のお話を」という質問に対してこう答えます。

“ジャズ”なんて言うな。勝手なレッテルでくくるな。オレの音を“ジャズ”で語るな。
(DVD日本語字幕より/寺尾次郎翻訳)

字幕は制限が多いのでかなり省略されていますが、もとのセリフはこうです。

I don’t like that word, “jazz”.
Don’t call it “jazz”.
That’s some made-up word.
Trying to box somebody in.
Don’t call my music “jazz”.
(DVD英語字幕より)

そのまま訳せば「オレはジャズという言葉は好きじゃない。それをジャズと呼ぶな。それは、型にはめ込もうとでっち上げられた言葉だ。オレの音楽をジャズと呼ぶな」という感じでしょうか。はっきりと「オレの音楽をジャズと呼ぶな」と言っています。この一言で、マイルスという人物と音楽と、その立ち位置が示されており、この「劇映画」のオープニングにふさわしい、まさに名台詞となっています。このシーンは、1980年頃、マイルスが「空白の5年間」を経てシーンに復帰する時期という設定ですが、この言葉はもっと前から伝えられていたというのは先に書いた通りです。マイルスはいつこの発言を残したのか。また、どういう状況での発言だったのか? 元ネタを探してみました。

マイルスのインタヴューを集めた書籍『マイルス・オン・マイルス マイルス・デイヴィス インタヴュー選集』(ポール・メイハー&マイケル・ドーア編、中山康樹監修、中山啓子訳、宝島社刊/2009年原著刊)の帯には「俺の音楽をジャズと呼ぶな!」と大書きされています。さすが名台詞。そのままキャッチコピーになってしまいます。回答はきっとここにある。マイルスが気に入らない質問にブチ切れてそう言ったのだな、と思ってしまうのですが、同書に収録されている28本のインタヴューからは、そのものズバリの言葉を見つけることはできませんでした。しかしマイルスは、それに近い意味の言葉を、インタヴュー時期にかかわらずたびたび発していたのでした。(以下、同書より引用)

「レス・トンプキンスとの一問一答」(1969年)
《インタヴュアー:レス・トンプキンス》
マイルス・デイヴィス:とにかくレコード会社の連中は、音楽を作ってレッテルを貼るんだ。たとえば“ロック”というようにな。(中略)“ジャズ”は白人に媚びへつらう黒人の言葉だ。(中略)それを使うのはやめるべきだ。

「マイルス・デイヴィスの仮面を剥ぐ」(1971年)
《インタヴュアー:クリス・アルバートソン》
マイルスは“ジャズ”が白人の言葉であり、彼の音楽にその言葉を用いるのは、黒人を“ニガー”と呼ぶようなものと感じている。

「俺はホーンを取り上げて思い切り吹くだけだ」(1981年)
《インタヴュアー:ジョージ・グッドマン・ジュニア》
ちなみに彼は、自分の音楽に“ジャズ”という言葉を用いない。「それはニガーを表す言葉だ」と言う。マイルスは“ジャズ”という表現が、その世界的な音楽に対する黒人の重要な貢献を軽んじるために使われていると信じて疑わない。

まとめて一言でいうと「その音楽をジャズと呼ぶな」。その音楽とは「オレの音楽」ではなく「(オレの音楽を含む)一般にジャズと呼ばれている音楽」のこと。上記はすべて人種差別についての発言とセットになっています。「オレの音楽」とは少々ニュアンスが違います。まあ、拡大解釈すれば「オレの音楽」も「ジャズ」に入るわけですから間違いではないでしょうし、その印象も強いので「マイルス度」は凝縮されますが、もとは社会情勢やジャズ全体を考えての発言ということですから、件の「名台詞」は本来の視点からはズレてしまっています(前回の文章で、ジャンル分け不要論として使ったのは、誤まった解釈といえます)。とはいえ、「ジャズという言葉を使うな」では「マイルスらしい」名言・名台詞にはなりません(マイルス以外にも、昔も今も多くの人が発言しています)。なにかうまく伝わる発言はほかにはないかな? 

……素材はありました。先ほど引用したレス・トンプキンスのインタヴューの、「ジャズという言葉を使うな」という発言に続く一節です。

レス・トンプキンス:だが、代わりになる言葉があるだろうか?
マイルス・デイヴィス:ただの音楽でいいんだ。そこから何かが生まれることだってあるぜ。(後略)

この「ただの音楽」は、原文では「just music」。かっこよすぎですね。どなたか、うまく訳して名台詞に仕立ててください。

(以上、引用英文の訳は筆者によるもの)

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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