はじめに-丹羽長秀とはどんな人物だったのか

2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも登場する丹羽長秀(にわ・ながひで、演:池田鉄洋)は、織田信長(演:小栗旬)の側近として長く政権中枢を支え、本能寺の変後は豊臣秀吉(演:池松壮亮)の天下取りを実務面で支えた、織田政権から豊臣政権へと橋渡しをした重臣です。

柴田勝家(演:山口馬木也)や羽柴秀吉ほど派手ではありませんが、合戦・政務・後継問題のすべてに関与し続けた存在であり、その冷静な判断力と調整力は、秀吉からも一目置かれていました。

実際、「羽柴」という秀吉の姓が、丹羽と柴田の一字ずつから取られていることは、長秀の重要性を象徴しています。

『豊臣兄弟!』では、温厚な人格者として描かれます。

丹羽長秀
丹羽長秀

丹羽長秀が生きた時代

丹羽長秀が活躍したのは、織田信長が旧来の守護・幕府体制を破壊し、実力による中央集権的な政権を築こうとしていた時代です。

この時代の武将には、単なる武勇だけでなく、
・城と領国の経営
・物流・兵站の管理
・他勢力との政治的調整
といった「政権運営能力」が強く求められました。

丹羽長秀は、まさにこの分野で力を発揮した人物でした。

丹羽長秀の足跡と主な出来事

丹羽長秀は生年が天文4年(1535)で、没年が天正13年(1585)です。その生涯を、出来事とともに見ていきましょう。

信長の側近として頭角を現す

丹羽長秀は天文4年(1535)、尾張国に生まれ、幼名は万千代、通称は五郎左衛門です。早くから織田信長に仕え、奉行人として軍事と政務の両面を担うようになります。

元亀元年(1570)の姉川の戦いでは徳川家康軍を支援し、浅井・朝倉連合軍と戦いました。その後、近江佐和山城に入り、小谷城を牽制するなど、前線と後方をつなぐ役割を果たします。

佐和山城跡。近江の要衝を守る城として重視され、さまざまな大名が争奪戦を展開しました。

「惟住」の姓を与えられた重臣

北陸一向一揆の鎮圧に加わり、寺社に下知を下すなど、軍事・行政の両面で信長を支えました。その結果、天正4年(1576)には信長から惟住(これずみ)という称号も兼ねた姓が与えられます。これは、長秀が単なる武将ではなく、政権運営を担う側近中の側近であったことを示しています。

天正5年(1577)の松永久秀討伐では、丹羽長秀が主導的な立場で作戦の中核を担いました。

その後も、丹波八上城の攻撃では明智光秀を支援し、播磨三木城の包囲戦では羽柴秀吉の作戦に加わるなど、各地で重要な戦いに関与します。

さらに、北陸での一向一揆鎮圧では柴田勝家とともに出陣し、若狭・小浜の海運を押さえて、加賀の一揆勢への物資供給を遮断するなど、兵站と戦略の両面から勝利に貢献しました。

本能寺の変と、秀吉との連携

天正10年(1582)、本能寺の変が起こった際、長秀は織田(津田)信澄とともに大坂に滞在していました。信長の死を知ると、織田信孝らと連携し、周辺の制圧と明智方の排除に動きます。

その後、羽柴秀吉と合流し、山崎の戦いで明智光秀を討つことに成功。この段階で、長秀は秀吉の行動を明確に支持し、政権再編に深く関与していきます。

豊臣秀吉

清洲会議と「調整役」としての役割

清洲会議では、信長の孫・三法師(のちの秀信)を後継者とすることに同意。その後も、柴田勝家・秀吉・池田恒興らとともに政務を担い、知行配分や禁制の発給に連署しています。

この時期の長秀は、対立を煽る存在ではなく、政権を安定させる調整役でした。

賤ヶ岳の戦いと、秀吉政権への貢献

天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いでは、秀吉側として坂本方面を固め、柴田勝家の南下を阻止。敗走する勝家を越前北庄城まで追い詰め、自害へと追い込みました。さらには、勝家に加担した佐久間盛政らを捕縛して秀吉のもとに送っています。

この功績により、長秀は
・越前一国
・若狭一国
・加賀半国
を与えられ、北庄城に入ります。

秀吉との距離感と最期

秀吉が急速に権力を強める中、一時は上洛要請をめぐって関係が緊張しますが、長秀は重臣の村上義明を派遣して和解。秀吉もまた、長秀を重く見ており、病に倒れた際には医師の竹田定加を派遣しています。

天正13年(1585)、病没。享年51歳でした。長秀の死後、幼い嫡子・長重の家臣統制に対して、秀吉は知行充行状に袖朱印を捺し、家臣の動揺を引き起こさないよう特別な配慮を見せました。

まとめ

丹羽長秀は、織田信長の「側近政治」を体現し、その遺産を豊臣秀吉へとつないだ人物でした。武功だけでなく、政務・調整・統治に優れた存在であり、派手さはないが不可欠な重臣だったといえます。

秀吉が天下人へと駆け上がる過程で、長秀の冷静な判断と実務能力が果たした役割は、決して小さくないでしょう。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:https://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2026年
2月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

市毛良枝『百歳の景色見たいと母は言い』

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店