「進めぇー」というわずかな台詞だけで……
I:今週、私が印象に残ったのは、信玄と息子の四郎勝頼(演・眞栄田郷敦)とのやり取りです。信玄は家康を〈ひ弱で臆病。されど己の弱さをよく知っているかしこい若造じゃ〉と評します。
A:深いですよね。本当に深い。変革期にはわりと「猪突」な人物が主導します。昨年の『鎌倉殿の13人』の北条宗時などもそんな感じがしますが、最終的には当初は消極的だった北条義時が権力を手にする。幕末でも武市半平太などの急進派は維新を待たずに亡くなったりしている。家康も「鳴くまで待とうホトトギス」というように慎重といえば慎重でした。
I:現代にも通じる話ではありますよね。
A:そして、信玄と勝頼との場面で特に心に響いた場面があります。采配を振るった信玄に呼応して勝頼が〈進めぇー〉と号令をかけるシーン。たったこれだけの台詞で、「眞栄田郷敦ここにあり!」を示してくれました。いやあ、本当にいい感じでした。
I:今からこういうことをいうのも変ですが、郷敦さんをどんどん大河ドラマで重要な役どころで演じさせてほしいですね。よく、「重厚な大河」という表現をする方がいますが、郷敦さんのたたずまいはまさに「重厚」でした。
A:そういう意味での「重厚」といえば、団子売りの老婆役の柴田理恵さんもわずかな登場場面ではありますが、重厚な演技で視聴者を魅了してくれました。
I:阿部寛さんと眞栄田郷敦さんのやり取りは「伝説のシーン」になるかもしれないですね。阿部寛さんは大河ドラマのレジェンド・西田敏行さん主演の『八代将軍吉宗』で大河デビューを飾り、キャリアを積み重ねてきました。そして、その阿部さんが、眞栄田郷敦さんの大河デビューの見届人の役回りを務める。
A:「大河ドラマの伝説シーン」ですか。そうなるように郷敦さんには頑張ってほしいです。なんだか楽しみが増えましたね。
確実にアップデートされていく合戦&騎乗シーン
A:さて、今週は進軍する信玄軍だったり、三方ヶ原で魚鱗の陣形を敷く様子がVFX(ビジュアル・エフェクツ)で描かれました。本作で多用される手法ですが、序盤からかなりアップデートされている感じを受けました。三方ヶ原での武田軍の陣形を見て、今後の大河ドラマの合戦シーンがどう変わっていくのか期待ふくらむシーンになりました。
I:新型コロナ禍の中で、大規模なロケが制限された中で、臨場感を保つためという動機があったかもしれませんが、VFXでダイナミックになったら合戦シーン好きの視聴者はうれしいでしょうね。
A:以前にも言いましたが、さらにアップデートして一大戦国スペクトラムを表現できる日も近いのかもしれないですね。実現は数年後かとも思っていましたが、本作の関ケ原でもさらなるアップデートがみられるかもしれません。
I:なんだかわくわくしてきますね。
A:序盤で批判する人もあった家康の騎乗シーンもしっかりアップデートされていました。わずか数か月でこの進歩です。こういう技術革新にリアルタイムで接することができるというのは喜ばしいことです。どんどんアップデートしていってほしいですね。
『孫子』の教えから読み解く『どうする家康』の今後
I:さて、武田信玄が〈勝者はまず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗者はまず戦いてしかる後に勝ちを求む〉と、『孫子』からの引用を語る場面がありました。三方ヶ原での魚鱗の陣形もそうですし、そもそも「風林火山」の旗に記されている「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」も出典は『孫子』。「はやきこと風のごとく、しずかなること林のごとく、しんりゃくすること火のごとく、うごかざること山のごとし」ですね。甲府に行くとこの「風林火山」の旗が売っていますよね。
A:もちろん持っています(笑)。はからずも『孫子』の話題になったので言及します。『孫子』の有名なくだりに「上下欲を同じくする者は勝つ」があります。ざっくりいえば、「組織の上の人、下の人が同じ目標を見据えていれば勝てる」というものです。『孫子』づくしだったから敢えて言いますが、今週の演出などを見て、『どうする家康』のチームも全員が同じ目標に向かって、一丸となって突き進んでいるような感じがします。
I:以前も脚本、演出、演者が三位一体+美術スタッフが同じ目標に向かってこそ大河ドラマは面白くなるという話をしていました。
A:『どうする家康』もついにその局面に突入した感じがします。
I:そういう状況の中で、金陀美具足を着用した首のない遺体らしきものが登場しました。
A:「そういう演出できましたか」、という思いです。いったい戦場で何が起こったのか。次回が待ち遠しいですね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。
●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり