田楽、天ぷら、たまご丼、鮪づけの握りずしなど江戸の町人文化が花開いた文政年間に登場したという料理を再現したもの(2020年開催「おいしい浮世絵展」のカフェ&レストランで撮影)

「なにをやっても面白い」「登場するだけでパアッと明るくなる」と評判の落語家・三遊亭兼好さんと、確かな解説に定評ある歴史家・安藤優一郎さんによる共著『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(アノニマ・スタジオ)。名は体を表すの通り、落語を通して江戸の暮らしや文化にまつわるエピソードが詰まった書籍です。今回は【江戸の食】のごく一部を理解するための落語3ネタをご紹介します。

文/三遊亭兼好

浮気の片棒を担がされるが、買った魚でバレる……江戸の漁業事情もわかる!?

「権助魚(ごんすけざかな)」
ある商家の旦那さん、お妾を囲っていることをおかみさんに勘付かれている。おかみさんは飯炊きの権助に一円を渡し、旦那の後を付けるよう言いつけるが、女房の差し金と気づいた旦那は権助を二円で買収する。橋のたもとで丸安さんと会って、今日は日がいいからと船を出して網打ちして、どんちゃん騒ぎ、そのあとみんなで湯河原へ行くことになったから今日は帰らない、と伝えるように言われる。話だけじゃ怪しまれるから、魚屋で網打ち魚を買っていけという。魚屋に寄った権助、網打ち魚はどれかと聞くとみんなそうだと言われ、にしん、すけそうだら、めざし、かまぼこ、たこを買って帰る。おかみさんに旦那さんのことを報告すると、出かけてからまだ十五分しか経っていないとウソを見破られ……。

田舎者の代名詞、権助が登場する噺。演者によって異なる、地域をどことは特定しない方言、「落語なまり」を楽しめる。

落語「権助魚」にまつわるあれこれ

・飯炊権助(めしたきのごんすけ)
飯炊きは下男・下女と同じように、住み込みで働き雑用などを引き受ける奉公人のこと。落語では、地方から江戸にやってきたちょっとドジな人物として登場する。「権助提灯」「一つ穴」「化け物使い」など、権助が出てくる噺は多数。

・網打ち(あみうち)
円錐形の袋状の網のすそに重りをつけたものを水面に投げ入れる漁法、投網で魚をとること。川などの浅いところで行う。浮世絵などにも描かれている。

・魚
江戸の魚河岸には近隣でとれた魚が集まっていたが、江戸前と言われる品川から深川の間の海や川でとれたのは、白魚、きす、穴子、かれい、車海老、鰻、鯉、なまずなど。当時庶民の食卓に並んだのは鰯や鯵やさんまなど、下魚と呼ばれる安い魚が多かった。

・かまぼこ
江戸時代には今と同じ、板付きの蒸しかまぼこが作られていた。権助は地方の出身で魚のことをよく知らず、魚屋は「網で取れたか」と聞かれるがまま、魚のすり身から作られたかまぼこも「元は網で取った」と答える。

かつて“江戸の台所”と称された日本橋魚河岸の様子を描いたもの。日本橋川の北岸に沿って軒を連ねていた。当時の輸送の要は「川」。落語「権助魚」に登場する魚屋も大川(隅田川)近くにあった。歌川国安・画「日本橋魚市繁栄図」より(国立国会図書館)

噺(落語)を聴くと、 今も「王子の名物」として知られる玉子焼きを食べたくなる。

「王子の狐(おうじのきつね)」
ある男が王子稲荷参りの帰り、狐が若い娘に化けるのを見た。化かされたふりをしてやろうと、声を掛けて扇屋という料理屋に誘う。娘に化けた狐は酔って寝てしまい、男はお土産の玉子焼きだけを持って先に帰ってしまう。店の人に起こされ支払いがまだだと言われた狐は、びっくりして尻尾がぽろん。捕らえられそうになり、屁を放って逃げていった。店の主人は稲荷様のお使いをいじめるなんてと怒り、みんなで稲荷様にお詫びに行く。一方狐をだました男、そんなことをしたら一生たたられると友達に脅かされ、ぼた餅を持ってお詫びに行く。昨日狐に会った場所で子狐に出会い……。

人間のずるさを皮肉った、いい噺。

落語「王子の狐」にまつわるあれこれ

・扇屋(おうぎや)
江戸時代から続く実在の店、王子扇屋。王子稲荷と同じく東京・北区にあり、現在は料理屋ではなく名物の玉子焼きを販売。上方落語「高倉狐」の舞台を江戸に変えたものだが、実在の店が出てくる噺は当時の広告的役割もあった。

歌川広重による『江戸高名会亭尽 王子』に描かれた料亭扇屋。石神井川に面した座敷での様子が見てとれる(国立国会図書館)

騙すつもりが……うっかりと。落語には“本当の悪人”が登場しないという一例に。

「茗荷宿(みょうがやど)」
ある飛脚、雨に降られて次の宿まで行けそうにない。仕方なく、茗荷屋という宿へ泊まることに。挟み箱(棒を通して担ぐ荷物箱)を預けると、ずいぶん重いが何が入っているのかと聞かれ、百両の大金が入っているから気を付けてくれと伝える。宿の夫婦は、茗荷をたらふく食べさせて、百両のことを忘れさせてしまおうと考える。茗荷の味噌汁、茗荷の漬物、焼き茗荷に煮茗荷、茗荷御飯と茗荷づくし。翌朝、なんだか頭がぼんやりすると言う飛脚、朝ご飯を済ますと早々に出ていった。本当に挟み箱を忘れていった! と喜んだのも束の間、忘れ物に気づいた飛脚が戻ってきて……。 

落語らしいオチで、気軽に聞ける噺。

落語「茗荷宿」にまつわるあれこれ

茗荷レシピは多々あれど、「茗荷の酢漬け」は手軽に味わえる一品として今も昔も家庭の定番なのでは。

・茗荷
食べると物忘れがひどくなるという俗説は、釈迦の弟子に自分の名前を忘れてしまうという者がいて、その死後墓から生えてきた草を茗荷と名付けたという話から来ていると言われている。

・飛脚(ひきゃく)
馬や脚を使ってリレー方式で荷物や信書、金銀を輸送する仕事、それに従事する人。江戸時代に五街道や宿場などが整備され、飛脚による輸送や通信制度が進んだ。

* * *

『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(三遊亭兼好 著/安藤優一郎 歴史監修)
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三遊亭兼好(さんゆうてい・けんこう)
落語家。福島県出身。サラリーマンを経て、妻子がありながら28歳で三遊亭好楽に弟子入り。2011年、国立演芸場花形演芸会金賞受賞。軽快な語り口と明るい高座で幅広い年齢層から支持されている。SNSでは得意のイラストとエッセイ(絵日記)を公開中。著書に『お二階へご案内』(東京かわら版新書)、『三遊亭兼好 立ち噺 独演会オープニングトーク集』(竹書房)、イラストを担当した『落語の目利き』(広瀬和生 著/竹書房)などがある。

安藤優一郎(あんどう・ゆういちろう)
歴史家。江戸をテーマに執筆・講演活動を展開。おもな著書に『お殿様の人事異動』(日本経済新聞出版)、『大江戸の飯と酒と女』(朝日新書)、『江戸の不動産』(文春新書)、『大名屋敷「謎」の生活』(PHP文庫)、『大江戸の娯楽裏事情』(朝日新書)などがある。

 

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