江戸の町並みを象徴する二階建ての湯屋(銭湯)の様子。これは江戸期、ポピュラーだった「入込湯(男女混浴湯)」を精緻に再現したジオラマ(庶民文化研究家・町田 忍、ジオラマ作家・山本高樹による共作)

「なにをやっても面白い」「登場するだけでパアッと明るくなる」と評判の落語家・三遊亭兼好さんと、確かな解説に定評ある歴史家・安藤優一郎さんによる共著『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(アノニマ・スタジオ)。名は体を表すの通り、落語を通して江戸の暮らしや文化にまつわるエピソードが詰まった書籍です。今回は【江戸のまち・住まい】のごく一部を理解するための落語2ネタをご紹介します。

文/三遊亭兼好

火事が多い江戸ならではの習慣「火の用心」に欠かせない、町人の自衛施設

「二番煎じ(にばんせんじ)」
火事の多かった江戸の町、とくに空気が乾燥する冬は大火が多かった。各町内に自身番を置き、商家の旦那衆が集まって見回りをすることになった。二組に分かれて巡回するが、外は凍えるような寒さで、提灯や拍子木を持つために手を出すのもいやなほど。ひと回りして番小屋に戻ってくると、体があったまるものをと言って酒を出してくるやつがいる。「こんなところで酒なんて……」と口では言いながら、土瓶に入れて「煎じ薬」と言えばいいだろうと呑みだす。ほかには土鍋を背負って、猪の肉を持ってきたものも。呑んだり鍋をつついたり、酔いも回っていい気分。と、そこへ、見回りの役人がやって来た。慌てて土瓶と鍋を隠すが、目ざとく見つける。風邪の煎じ薬だと言うと、自分にも飲ませろと言う。結局酒も鍋も何杯もおかわりされ……。

聴いているうちに、鍋で熱燗が呑みたくなる。寒い晩にぜひ聴きたい噺。

落語「二番煎じ」にまつわるあれこれ

・番屋(ばんや)
消防や治安維持のため江戸の各町には木戸が設置されていて、その脇に木戸番屋と自身番屋が置かれていた。木戸番屋には住み込みの木戸番(番人)がいて、朝(明け六つ・午前六時頃)と晩(暮れ四つ・午後十時頃)に木戸の開閉をする。ほかにも日用品や菓子なども売っていた。自身番屋(番小屋)は、消防や自警団の役割をしていた自身番の詰所であり、町全体が見渡せる火の見櫓(やぐら)が設置されていることが多かった。自身番は治安の安定とともに住民が交代で担うようになっていった。

・商家の旦那(しょうかのだんな)
町人とは職人や商人を指し、なかでも家を所有して表通りに店を構える旦那衆は、裕福な町人として社会的役割を持ち、納税の義務や町の政治や運営に関しての発言権があったとされる。裏長屋などに暮らす借家人は町人として認められず、また納税の義務もなかった。とはいえ、町人と言われるのは江戸の人口のたった数パーセント。

・猪肉(ししにく)
江戸時代、獣肉を食べることは表向きタブーとされていたので、猪肉も「山鯨」や「牡丹」などと呼ばれていた。鯨は食べていい食材だったのと、牡丹は「獅子に牡丹」という取り合わせのいいものを表す言葉から来ている。

大きな看板の「山くじら」は猪のこと。往時、鯨は魚と考えられており、山に棲むくじらなら食べてもよし、と捉えていた。歌川広重・画「名所江戸百景 びくにはし雪中」より(国立国会図書館)

江戸期に発展した湯屋=銭湯は、老若男女問わずの社交場だった

「湯屋番(ゆやばん)」
遊びが過ぎて勘当中の若旦那。大工職人の家に居候中だが、少しは働けと、湯屋への奉公を勧められる。紹介状を持って湯屋を訪ねるが、外回りをしておが屑やかんな屑を集めてくるように言われ、そんな仕事はできないと勝手に番台に上がってしまう。女湯が覗けると喜んだが、あいにくガラガラ。こうなったら妄想で楽しむしかないと、妄想の世界にどっぷり。やがて一人芝居も始まって……。

女方の声色や役者の真似事など、演者にとって聴かせどころたっぷりの噺。

落語「湯屋番」にまつわるあれこれ

・湯屋
銭湯のこと。火事が多く燃料や水も充分になかったため、自宅に風呂を持つことはなかった江戸時代。風が強くホコリが舞う環境だったこともあり、人々は毎日のように湯屋へ通った。江戸前期はサウナのような蒸し風呂が主流で、首まで浸かるようになったのは江戸後期。かつては男女混浴だったが、度々混浴の禁止令が出され、男女別々になった。二階には男性専用の休憩室があり、囲碁や将棋、交流を楽しんだ。また、日常的に地域の人々が集まる場であることから、商品の広告や芝居の番付、見世物のチラシなども貼られていて情報収集の場にもなっていた。

おおらかな時代を象徴するかのごとく、銭湯は男女混浴だった(例外もあり)。赤い扉は「ざくろ口」と呼ばれ、湯船と流し場を仕切る板戸。写真は江戸期の銭湯を再現したジオラマ(庶民文化研究家・町田忍、ジオラマ作家・山本高樹による共作)

* * *

『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(三遊亭兼好 著/安藤優一郎 歴史監修)
アノニマ・スタジオ

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三遊亭兼好(さんゆうてい・けんこう)
落語家。福島県出身。サラリーマンを経て、妻子がありながら28歳で三遊亭好楽に弟子入り。2011年、国立演芸場花形演芸会金賞受賞。軽快な語り口と明るい高座で幅広い年齢層から支持されている。SNSでは得意のイラストとエッセイ(絵日記)を公開中。著書に『お二階へご案内』(東京かわら版新書)、『三遊亭兼好 立ち噺 独演会オープニングトーク集』(竹書房)、イラストを担当した『落語の目利き』(広瀬和生 著/竹書房)などがある。

安藤優一郎(あんどう・ゆういちろう)
歴史家。江戸をテーマに執筆・講演活動を展開。おもな著書に『お殿様の人事異動』(日本経済新聞出版)、『大江戸の飯と酒と女』(朝日新書)、『江戸の不動産』(文春新書)、『大名屋敷「謎」の生活』(PHP文庫)、『大江戸の娯楽裏事情』(朝日新書)などがある。

 

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