江戸で暮らすさまざまな職業を紹介したもの。手斧や鉋を持つ大工の姿がリアルに描かれている。鍬形蕙斎・画「近世職人尽絵詞」より(東京国立博物館)

「なにをやっても面白い」「登場するだけでパアッと明るくなる」と評判の落語家・三遊亭兼好さんと、確かな解説に定評ある歴史家・安藤優一郎さんによる共著『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(アノニマ・スタジオ)。名は体を表すの通り、落語を通して江戸の暮らしや文化にまつわるエピソードが詰まった書籍です。今回は【江戸の仕事】のごく一部を理解するための落語2ネタをご紹介します。

文/三遊亭兼好

江戸の花形職業ナンバーワン「大工」が登場する定番落語

「大工調べ(だいくしらべ)」
腕はいいが少々頼りない大工の与太郎。しばらく仕事に出てこない与太郎を心配した棟梁(とうりょう)の政五郎が長屋に行ってみると、滞納した家賃(一両二分八百文)の抵当(かた)に大事な仕事道具を大家に押さえられていると言う。道具がなければ仕事にならない。棟梁は一両を渡して道具箱を取りに行かせるが、与太郎は余計なことを口にして大家を怒らせる。金が揃うまで返却しないどころか、一両は預かっておくと取り上げられてしまう。これでは埒が明かないと、棟梁が与太郎を連れて再び大家のもとへ。何度も頭を下げて頼むが、またもや大家の機嫌を損ねてしまう。しびれを切らした棟梁、ついに威勢のいい啖呵(たんか)を切り、お奉行に訴え出る。決着はお白洲(しらす)で、となり……。

この噺の聴きどころはなんといっても、与太郎に代わって大家に直談判する政五郎の啖呵。これぞ江戸っ子というべらんめぇ口調を流暢にまくしたてる。

落語「大工調べ」にまつわるあれこれ

・大工と棟梁
江戸の消火方法とは「建物を破壊して延焼を防ぐ」、これに尽きた。建物を壊すにも再建するにも大工が必要であり、腕の確かな大工は高給で、食うに困らぬ人気職業だった。とはいえ一人前になるまでには10年ほどかかり、地道な修業を重ねた。そうした大工たちを取りまとめ、指導的立場も担うのが棟梁。棟梁の語源は、建築でもっとも大事な「屋根」を構成する“棟(むね)”と“梁(はり)”から。落語では、腕はいいがそそっかしい、はたまたどこかヌケている大工と、それをなにかとサポートする棟梁といった役回りで描かれることが多い。

・大家(家主)
現在の大家はオーナーの意味も持つが、江戸時代は管理人的立場がほとんどだった。落語に登場するのは「大家といえば親も同然」な人情派ばかりではなく、強欲、因業でいばるタイプもいる。土地・家屋を所有しているオーナーは「地主・家持」と呼ばれる。

・奉行/奉行所
奉行とは武家における職名のひとつ。多数の奉行職があるが、落語に出てくるのは「町奉行」がほとんど。職務を行う場所が奉行所。落語では、世の中が丸く収まるような裁きをする庶民の味方として描かれ、お馴染み“大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)”もよく登場する。

・白洲(しらす)
奉行所で、奉行が裁きを行う場所。白く小さな砂利が敷き詰められていたことから、この名で呼ばれるように。白は、この場が潔白・公平であることを示しているという。

大工仕事に欠かせない道具の一例。現在も脈々と受け継がれる「宮大工」が用いるもの。上写真は、木材を彫ったり、穴を開ける際に使う「鑿」あれこれ。下写真は「鉋」。木材の表面を削り取る道具。

借金の形に、自らの作品を押し付ける「絵師」と、江戸期のタクシー的存在「駕籠かき」

「抜け雀(ぬけすずめ)」
小田原宿に汚れた着物の若い男がやってきた。小さな旅籠(はたご)の主人が声を掛け、泊まることに。しかし毎日朝から晩まで酒を呑んで寝ているだけ。せめて内金を入れるように頼むと「金はない」。絵師だという男は、カタに絵を描くといって、衝立に雀を五羽描いた。帰りに寄るまで売ってはならないと言い残し、出ていってしまう。とんだ客を泊めてしまったとぼやいていたが、翌朝、衝立の雀が抜け出してまた絵の中に戻っていくのを見る。これが宿場中の評判となり、ついには藩主が千両で買いたいと言い出すが、絵師が戻らないと売るに売れない。その後、品のいい老人が泊まりにやってきて、「このままでは雀が死ぬ」といって衝立の絵に「鳥籠」を描き加えると……。

襖絵から雀が抜け出すという伝説を元にしたファンタジーな一席。絵師が立派になって戻ってくる演じ分けも見どころ。

落語「抜け雀」にまつわるあれこれ

・絵師(えし)
当時の絵師は、おもに「御用絵師」と「町絵師」に分かれていた。御用絵師は幕府や大名に仕えた絵師で、狩野派や土佐派が有名。そのほか京の裕福な町人に支えられた琳派や円山応挙の円山派など、町絵師も多く活躍した。江戸ではその後、浮世絵が大きく発展していった。

・駕籠(かご)かき
駕籠は人を乗せて人力で運ぶ乗り物。江戸時代、駕籠は一般的な移動手段だった。庶民が載る「町駕籠」のほか、身分や階級によって使う駕籠の種類が異なった。駕籠屋には店を構える「宿駕籠」と、流しのタクシーのような「辻駕籠」があり、宿場にも「道中駕籠」と呼ばれる駕籠屋があった。駕籠の担ぎ手を「駕籠かき」と呼ぶため、この噺のサゲでは駕籠かきと籠描きを掛けている。

吉原に向かう客を乗せた町駕籠。渓斎英泉・画「江戸八景 吉原の夜雨」より(国立国会図書館)

* * *

『江戸の暮らしと落語ことはじめ』(三遊亭兼好 著/安藤優一郎 歴史監修)
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三遊亭兼好(さんゆうてい・けんこう)
落語家。福島県出身。サラリーマンを経て、妻子がありながら28歳で三遊亭好楽に弟子入り。2011年、国立演芸場花形演芸会金賞受賞。軽快な語り口と明るい高座で幅広い年齢層から支持されている。SNSでは得意のイラストとエッセイ(絵日記)を公開中。著書に『お二階へご案内』(東京かわら版新書)、『三遊亭兼好 立ち噺 独演会オープニングトーク集』(竹書房)、イラストを担当した『落語の目利き』(広瀬和生 著/竹書房)などがある。

安藤優一郎(あんどう・ゆういちろう)
歴史家。江戸をテーマに執筆・講演活動を展開。おもな著書に『お殿様の人事異動』(日本経済新聞出版)、『大江戸の飯と酒と女』(朝日新書)、『江戸の不動産』(文春新書)、『大名屋敷「謎」の生活』(PHP文庫)、『大江戸の娯楽裏事情』(朝日新書)などがある。

 

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