もっと「漫画家と作品の息吹に触れる旅」

『サライ』9月号の大特集は、「日本漫画は大人の教養」。本誌特集では誌面に収まり切らなかったエピソードや情報を紹介する。

取材・文/山内貴範 写真/宮地工

『『まんが道』の作中、満賀道雄と才野茂が初詣に訪れた「射水神社」。上京して漫画家として順風満帆のふたりが高岡に帰省した際、おみくじを引くと……。

満賀道雄と才野茂のふたりが、漫画家を目指す――漫画に情熱を傾ける若者の成長物語である『まんが道』(作/藤子不二雄(A))。作品中には「高岡古城公園」が頻繁に登場する。

公園の中に鎮座する「射水(いみず)神社」は、ふたりが初詣に訪れて漫画家になることを祈願した場所だ。漫画家になってから大量の仕事を抱えたまま高岡に帰省した際、才野がおみくじで大凶を引いたのもこの神社で、大失敗への伏線となった。

そんな射水神社の社殿は、日本近代建築史においても重要な作品といわれる。長らく設計者がはっきりしていなかったが、近年の調査によって、明治から昭和初期を代表する建築家・伊東忠太が若い頃に手掛けていたことが判明したのである。

射水神社は明治33年(1900)の高岡大火で焼失したのち、明治35年(1902)に社殿を再建した。この造営に関わったのが、若き日の伊東であった。伊東はのちに明治神宮、彌彦神社、靖国神社など名だたる神社の設計に関わっていく。射水神社は生涯に手掛けた社殿の中でも、平安神宮に次ぐ初期の作品となっている。

傑作を生んだコンビの初期の作品

射水神社の本殿や中門、拝殿などの施工を担当した大工は、14代松井角平である。松井は彫刻の町として知られる富山県井波町の出身で、社寺建築に手腕を発揮した。

そして、射水神社の祝詞舎の新築や透塀などの改修に携わったのが、15代松井角平であった。松井は東京帝国大学工学部建築学科に入学後、伊東の門下に入り、深く教えを受けることになった弟子の一人であった。後に、松井は昭和14年(1939)に松井組(現在の松井建設)の設立者となっている。

昭和9年(1934)、伊東と松井のコンビは、日本の仏堂建築の最高傑作とされる「築地本願寺本堂」を生み出す。射水神社はその原点といえる建築群を見ることができる、稀有な神社といえるだろう。

伊東といえば「築地本願寺本堂」や「一橋大学兼松講堂」などに見られるような、奇々怪々、摩訶不思議な妖怪や霊獣をあしらったデザインで知られる。ところが、この神社はどうだろう。日本古来の建築様式である神明造を忠実に受け継いだ正統派のデザインで、奇抜な作風は見られない。

伊東はのちにシルクロードを旅行する中で思索を深めていく。仏教の源流を求めてインド風のモチーフなどを取り込むなど、仏教建築は独特な作風に目覚めていくのだが、日本の風土に根差した神社建築では、より洗練されたデザインを構想していたようだ。

射水神社の社殿は、伊東の初期の作風を知ることができる点からも、極めて貴重な建築なのである。

高岡で協力して名作を生み出した伊東と松井の姿は、満賀と才野にも重なってくる。射水神社は、『まんが道』とともに、『けんちく道』の舞台でもあったといえそうだ。

漫画家でもあった伊東忠太

また、伊東は漫画家としての側面をもち、建築の仕事の傍らで数々の漫画やイラストを描いていたことでも知られる。特に、妖怪や霊獣、社会を風刺したようなイラストは膨大な量を残している。

漫画好きの建築家が手掛けた社殿が、ひょっとすると、漫画家を目指すふたりの若者に力を与えてくれたのではないか。そんな思いも湧いてくる。

漫画家と建築家、分野は違えど、日本文化に大きな足跡を残したクリエイターたちの試行錯誤の跡を、高岡の町で辿ることができる。

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